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漢江はんがん」というのは韓国最大の流域面積を誇る河川であり、ソウル特別市にも接することから、市民の憩いの場として愛されてきた歴史がある。

そんな漢江に怪物(韓国語でグエムル)が突如として出現し、人々を無差別に襲うというのが『グエムル-漢江の怪物』の大まかな物語だ。

ここだけ切り取れば、なんだか『ゴジラ』のような気もしてくるが、たしかにコンセプトとしては似通っている。

ゴジラはビキニ環礁の原爆実験で発生した放射能が原因で生まれた、というのが通説だが、『グエムル』の怪物は漢江に流された化学薬品によって生まれる。

しかもこの化学薬品、在韓米軍の不法廃棄物だったというから大問題である。ここからがホン・サンスの真骨頂。ユーモアあふれるテイストで、政治的な主題をあぶりだしていく。

怪獣映画に見慣れた日本人からしても、かなり異色の展開を見せていくのだ。

というわけで、今回はそんな風変わりな怪獣映画『グエムル-漢江の怪物』を紹介しておこう。

『グエムル-漢江の怪物』とは?


『グエムル-漢江の怪物』は、鬼才、ポン・ジュノ監督による2006年の韓国映画である。

実際に在韓米軍が起こした薬品流出事件に着想を得て、いわゆるモンスターパニック映画として制作された。

すでに前作『殺人の追憶』でその名を轟かせていたポン・ジュノ監督であるが、この作品でアジア・フィルム・アワードを獲得し、国外の評価も確立させたといえる。

韓国では観客動員数1300万人の大ヒットを記録したが、一方で日本の興行成績は振るわなかった。このあたりは「怪獣映画」というジャンルに対する認識の違いがあるのだろう。

ちなみに 上記のヒットを受けて続編やハリウッドでのリメイクが予定されていたが、2019年の時点では音沙汰がない。『パラサイト 半地下の家族』が公開され、ポン・ジュノ監督の今後の動向が気になるところである。

『グエムル-漢江の怪物』あらすじ

2000年、在韓米軍の病理学者が大量のホルムアルデヒドを不法投棄した。排水溝を通ったその薬品は、やがてソウルに接する漢江へと流れ込んでいく。

それから6年後。漢江公園で露天商を営むガンドゥ(ソン・ガンホ)は、娘のヒョンソ(コ・アソン)とともに暮らしていた。

その日も父に尻を叩かれ、客に食べ物を運ぶガンドゥ。しかしその時、突如として漢江から謎の巨大生物が上陸し、公園にいた人々を襲い始める。

必死で逃げ出すガンドゥだったが、迂闊にもヒョンソを掴んでいた手を放してしまう。

次の瞬間、怪物は彼女を捕えると川へと飛び込むのだった。

犠牲者たちの合同葬儀の場で、娘を失ったガンドゥたち家族は泣き崩れる。一方、米軍はガンドゥが怪物と接触したことを知り、彼らを病院に隔離するのだった。

だが、ヒョンソは地下水道で生きていた。彼女からの携帯でそのことを知った家族は、ヒョンソの居場所を探すため、米軍の目を盗み漢江へと向かっていく……。

『グエムル-漢江の怪物』感想・解説

政治的主題×モンスターパニック

冒頭で『ゴジラ』の話を引き合いに出したが、本人の言として、ポン・ジュノは日本の怪獣映画を参考にしている。

しかしこの作品、間違ってもただのB級モンスター映画と思ってはいけない。

かしかに『ゴジラ』や『キングコング』に見慣れた私たちからすれば、『グエムル』の怪獣は詰めが甘いと思えるかもしれない。

実際、この作品が公開されるまで、韓国映画に「怪獣」というジャンルはほとんど存在しなかった。(一応、過去には大映の日本人スタッフを招いて制作された『大怪獣ヨンガリ』のような特撮映画もある)。

それゆえ、ここで『グエムル』に登場する怪獣のディティールをどうこう語っても仕方がないだろう。むしろ注目するべきは、本作に込められた政治的なメッセージである。

ポン・ジュノ監督は、この怪獣が在韓米軍によって誕生したことを明示している。物語は、毅然とした態度で反米主義を主張するものだ。

これだけの予算(CG制作に6億円)をかけた作品で、これだけの政治性をあらわにしていることに、何よりも私たちは感嘆するべきなのである。

この大胆さ、この批評精神。ポン・ジュノ監督の社会的メッセージは、やがて『パラサイト 半地下の家族』(2019年)へと結実するのである。

ユーモア×シリアス

もうひとつ、多くの人々にとってこの作品が"特異に"感じられる点がある。

それがユーモアとシリアスの絶妙なバランスだ。映画の冒頭こそ不気味なトーンで怪物の姿が写し出されるが、その後は一転してコミカルな雰囲気になっていく。

その雰囲気を作り出しているのが、主人公のガンドゥたち一家である。これが『リトル・ミス・サンシャイン』並みに曲者ぞろいの家族で、真面目なはずの場面でも笑いを誘ってしまう。

怪物にさらわれたヒョンソを追っているにもかかわらず、あの緊張感のなさ。テーブルを囲みながらカンドゥの父であるヒボンが一人語りをする場面などは、コメディを通り越してシュールでもある。

もちろん、後半は一気に重たい展開になるのだが、このユーモア⇒シリアスへの変化が絶妙なのだ。

観る者を笑わせにかかったかと思えば、次の瞬間には冷たく突き落とす。『パラサイト』もそうだが、ポン・ジュノという監督のサイコな性格がよくあらわれている。

『グエムル-漢江の怪物』の次に観るなら:『リアル〜完全なる首長竜の日〜』


黒沢清による2013年の映画である。こちらは、とある"夢のなかで"モンスター(首長竜)の姿が描かれる。

黒沢は『グエムル-漢江の怪物-』を高く評価しており、自身による「ゼロ年代ベスト映画10」に挙げているほど。この『リアル〜完全なる首長竜の日〜』は、そんなポン・ジュノ監督にオマージュを捧げた映画といえるだろう。

この手のモンスターを表現するためには、どうしても資金が必要になる。『グエムル』の場合も約6億円の費用をかけて海外のCG制作会社に依頼したようだが、『リアル』も相当に苦労したことがメイキングで語られている。

どちらも個性的な作品であり、合わせて観れば「怪獣映画」に対する固定観念を変えてくれるはずだ。