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パラサイト 半地下の家族
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気になっていた作品、ポン・ジュノ『パラサイト 半地下の家族』をついに鑑賞することができた。

いや、韓国映画は本当に面白い! もしも食わず嫌いしている人がいたら、今すぐ一本でも作品を観てもらいたい。キム・ギドクでもいいし、ホン・サンスでもいい。同じポン・ジュノ作品なら『殺人の記憶』(2003年)や『グエムル-漢江の怪物-』あたりが強くおすすめできるだろう。

ひと昔前であれば、映画文化の中心は欧米にあった。それが経済的発展や技術の普及とともにアジアへと移っていき、今ではインドやタイを始め各国で映画文化が華を咲かせている。

韓国もその例外ではなく、1999年の『シュリ』を大きな転機として、2000年代に急速な発展を遂げてきたといえるだろう。ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得したキム・ギドク『嘆きのピエタ』のように、国際的な評価を受けた作品も数えきれない。

もちろん、日本人の目からすれば粗削りな作品も多かったかもしれないが、この時代の韓国映画には何よりも熱意があった。

それは僕たちだって経験してきたことだ。任侠映画があり、ロマンポルノがあり、今の日本映画がある。社会的な動乱と軌を一にして成長する文化には、圧倒的な熱量が込められているのだ。

『パラサイト』のポン・ジュノ監督とは

こうした韓国映画の急成長を支えてきたのがポン・ジュノという監督である。1969年生まれの彼は、同国の民主化運動を見て育った世代といえるだろう。

その経験が、社会派の作風(朴槿恵政権下では文化人のブラックリストに入れられていたことで知られている)に活かされていることは間違いない。

代表作として、実在の連続殺人事件を主題にした『殺人の記憶』(2003年)や、韓国怪獣映画の金字塔『グエムル-漢江の怪物-』(2006年)が挙げられる。

個人的に『グエムル』のトリッキーな作風が気に入っていている。たしか黒沢清監督もゼロ年代映画ベスト10に入れていたはずだ。

その他に近作だと、クリス・エヴァンス主演の『スノーピアサー』(2013年)も記憶に新しい。

上記の作品も含め、これまで国際的に高い評価を受けてきたポン・ジュノが、ついに『パラサイト』でパルムドールを獲得することになった。

言うまでもなく、これは韓国映画にとってもひとつの到達点といえるだろう。韓国では国内映画を守るためにスクリーンクォータ制度(上映数制限)が行われてきたが、ポン・ジュノのように大衆性も芸術性も兼ね備えた作家がいる限り安泰といえるだろう。

『パラサイト 半地下の家族』あらすじ

とある半地下のアパートに、能天気な男ギテクを主人とするキム一家が暮らしていた。ギテクを始め家族4人は定職に就いておらず、内職によって辛うじて生計を立てる日々だった。

そんなある日、一家の長男ギウのもとに家庭教師の仕事が舞い込んでくる。しかも、訪れることになったのは裕福なパク・ドンイクの豪邸。彼の娘であるダヘに英語を教えることになったのだ。

身分を大学生と偽りながらも、ダヘを上手く丸め込むことに成功したギウ。そんな彼はドンイクの妻であるヨンギョから、息子のために美術教師を探していることを聞かされる。その話に乗ったギウは、自身の妹であるギジョンを偽の美術教師として紹介することに。

こうしてダヘとギジョンの兄妹は、互いに他人のふりをして、パク一家に雇い入れてもらうことに成功したのである。

しかし、調子に乗った彼らの計略を止まらない。パク家の運転手を罠にかけて解雇させると、その後任としてギテクを紹介。さらに家政婦も追い出すことに成功し、ギテクの妻チョンソクも後釜として雇わせることに成功する。

いまやパク家の豪邸には、それぞれ雇われたキム家の4人が素知らぬ顔で上がり込むことになったのである。

そして物語は思わぬ展開を見せていくことになるのだ。

『パラサイト 半地下の家族』感想

この映画、本当に色々なモチーフが入り乱れていて、一言で表現するのが躊躇われてしまう。ジャンルとしてはブラックコメディに属するのだけど、中盤以降の展開があまりに鮮烈すぎてサイコホラーにも見える。

さらに言えば、主人公たちが「寄生」することになる豪邸の描かれ方も、現実と虚構の境目を行き来しているようなのだ。

たしかに裕福な暮らしをしていることは分かるのだが、たとえばIT企業の社長をしているというドンイクの亭主像は不鮮明で、その演技も浮世離れしているように感じられる。

ドンイクばかりではなく、それ以外の家族も見事に虚実の曖昧な雰囲気を醸しだしている。

そんななかで唯一はっきりしているのは、本作が格差社会の構図を描き出していることだろう。社会派の作風で知られるポン・ジュノは、2016年の『スノーピアサー』でも富裕層と貧困層の対立を明確に描いてきた。

ただ、個人的にいえば『スノーピアサー』の主題はそこまで煮詰められていなかったように感じる。そこで提示されたのは安易な二項対立で、労働者が資本家を打倒するというマルクス主義的な思想の反復に過ぎなかった。

あの作品の架空の列車で描かれた革命。それは文字通り「単線的な」構図だったといえるだろう。最終的には、列車の最後方にいた奴隷が機関室を奪取する。けれども、その先に未来はないといえる。

その点『パラサイト』で描かれる対立は複線的なものだ。最初こそコミカルな形で豪邸に忍び込む主人公の一家だが、そこには別の寄生者がいたのである。主人公たちが「半地下」に住んでいるように、その寄生者は完全な「地下」で暮らしていた。

つまり、大方の予想を反して、主人公たちは最下層の家族ではなかったことになる。「地上」と「半地下」と「地下」。この三者が互いに絡みあうことで、物語は複雑な展開を見せていくのである。