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『ラストレター』あらすじと考察:鏡史郎は"次の作品"を書くことができるのか?
©2020「ラストレター」製作委員会

岩井俊二の作品には、奥ゆかしさと古めかしさがある。

いや、その瑞々しい感性はたしかに現代的なのだが、その一方で彼の根底に流れているものは、古典的とさえいえる抒情なのである。

したがって、彼が手紙をモチーフにした作品を発表したところで何の違和感もない。

「スマホ」「AI」が日本映画の主題となり得てしまう今日、ただひとり岩井俊二だけが情報社会の衣を飄々と脱いで見せた。

それは、もはや彼だけに許された特権なのかもしれない。

今回は鬼才・岩井俊二監督の最新作『ラストレター』を紹介しよう。

岩井俊二監督最新作『ラストレター』とは


『ラストレター』は岩井俊二監督による2020年の映画である。

日本映画のなかでも異彩を放つ存在であり、『スワロウテイル』や『リップヴァンウィンクルの花嫁』といった代表作で知られる岩井監督。

今回はプロデューサーとして『君の名は。』の川村元気を迎えての制作となった。

ちなみに、この二人はアニメ映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(2017年)でもタッグを組んでいる。

岩井俊二の独特の個性をプロデュースするのは容易ではないはず。本作『ラストレター』は豪華なキャスティングが話題となっているが、果たして完成度はいかなるものだろうか……。

『ラストレター』あらすじ

一児の母である岸辺野裕里は、亡くなった姉・未咲の葬儀に出席する。

そこで再会した未咲の娘・鮎美から渡されたのは、一通の封筒だった。なかに入っていたのは、亡き未咲に宛てられた同窓会の案内状。

姉の死を伝えようと、裕里は同窓会に顔を出すことに。しかし会場に入るやいなや、出席者たちは彼女を未咲と勘違いしてしまうのだった。

そのなかには、かつて恋心を抱いた相手である乙坂鏡史朗の姿もあった。困惑する裕里に向かって、連絡先を教えてくれと頼みこむ鏡史郎。

こうして、姉と勘違いされたまま、裕里と鏡史郎との奇妙なやりとりが始まるのだった。

『ラストレター』感想と考察

 今回もネタバレを含んでいる。
岩井俊二監督はさらりと描いてみせているが、この『ラストレター』の物語はなかなか複雑な構成になっている。

まずは過去と現在とが交互に描かれる点。

広瀬すずや森七菜が一人二役で巧みに演じ分けているが、未咲の死をきっかけに始まった裕里と鏡史郎の交流と、そこから回想される彼らの高校時代とが同時進行で語られるのだ。

さらに、それぞれの時代において"手紙の誤配"が発生する点。

高校時代の鏡史郎が未咲に宛てた恋文は、妹の裕里によって阻まれ、現在の鏡史郎が書いた手紙も、やはり亡き未咲に届くことはないのである。

この二点が絡み合いながら『ラストレター』の物語は展開されていくのだ。

鏡史郎は"次の作品"を書くことができるのか?

"Letter"は「手紙」であり、同時に「文字」も意味している。さらに語源をたどれば「文学」の意も汲み取れるだろう。

この『ラストレター』は、いわば主人公・鏡史郎の恋愛と、彼の小説家としての道が二重写しにされた作品なのだ。

鏡史郎は小説家を自称しているが、デビュー作『未咲』以降は作品を発表していない。もはや筆を折ることも考えていた折、裕里と再会することになる。

この時の彼は、いわば手紙の宛先=小説の読者を失っていたといえるだろう。だから相手が未咲でないと知りながら、その妹である裕里に仮託する形で言葉を紡いだのである。

やがて彼は、未咲がこの世にはいないという事実を聞かされる。もはや宛先は失われ、彼の思いは永遠に封じ込められたかに思えた。

しかし、そこに思わぬ"誤配"が僥倖をもたらすことになる。裕里の娘・楓香と、未咲の娘・鮎美である。

2人の子どもたちに導かれるように、鏡史郎は過去と向き合い、未咲の死を受け入れる。そして彼女が大切に残していたものを目にするのだ。

そう、手紙=小説は相手に届いていたのである。もちろんそこに未咲の姿はないが、しかし宛先は確かに存在したのである。

どこに向かって?

それこそが「ラストレター」というタイトルの意味にほかならない。卒業生代表の答辞。無限の可能性に満ちていた、あの場所の言葉である。

鏡史郎の言葉は、それを受け止めたすべての人々の未来へ向かって開かれていく。それこそが小説家の本懐であるとは言えないだろうか。

だから鏡史郎はふたたび筆を執るに違いない。そして新たな物語(小説版の内容を踏まえるなら、それはこの「ラストレター」という作品であることを意味している)を紡いでいくのだ。

『ラストレター』を観たら次はこれ:『太陽がいっぱい』


フランスの巨匠ルネ・クレマン監督の代表作。

孤独な青年であるリプリーが、友人である大富豪の息子フィリップを殺害し、彼に成り代わって財産を手に入れようと計画する物語である。

岩井俊二による原作小説『ラストレター』で引用されている映画なので、機会があればぜひ見てほしい。

ちなみに、この原作は映画と内容が異なっている。たとえば映画版だと学生時代の鏡史郎は生物部員だったが、小説版だとサッカー部員として活躍したことになっている。

そして何よりも、小説版は鏡史郎から亡き未咲に宛てた手紙という体裁で書かれている。

いわゆる二人称小説という珍しい形式をとっているので、小説好きには一読の価値があるといえるだろう。