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翔んで埼玉
(C)2019 映画「翔んで埼玉」製作委員会

「自虐ネタ」というのは誰にもあるもので、たとえば背が低いだとか小太りだとか、そういったコンプレックスを笑いに変えてみせるというのは、ある種の常套句である。

それまで欠点と思っていた特徴も、見方を変えれば長所になる。実際のところ、そうした恩恵を一番に受けるのは、ネタを発した当の本人だろう。障害や差別を乗り越え、コンプレックスを確たる自信に変えることができるのだから。それだけ笑いというのは偉大で、ややもすると人を動かす力を秘めている。

言ってしまえば、自虐はひとつの革命なのだ。虐げられる者が笑うとき、世界は変転するのである。

『翔んで埼玉』とは


『翔んで埼玉』は2019年に公開された日本映画である。監督は『テルマエ・ロマエ』や『今夜、ロマンス劇場で』で知られる武内英樹

ちなみに撮影は、これまで園子温の作品などを担当してきた谷川創平。彼は埼玉県出身であり、武内監督からネタに関して色々と相談を受けていたようだ。

原作は『パタリロ!』で有名な魔夜峰央の同名漫画。原作の連載は1983年で未完に終わっており、それから30年以上が経ってから再注目された経緯がある。

『翔んで埼玉』あらすじ

舞台は架空の日本、埼玉県民は東京都民から苛烈な迫害を受けていた。通行手形を持たない埼玉県民は東京の街を歩くこともできず、彼らはひっそり身を潜めて暮らしていたのである。

そんな中、東京の名門校である白鵬堂学院に麻実麗と名乗る転校生がやって来た。アメリカ帰りで眉目秀麗、そして出身の差別なく接する麗を、生徒会長の壇ノ浦百美は目の敵にする。

だが、そんな彼女の嫌がらせを麗は物ともしない。彼の紳士的な態度を前にし、いつの間にか百美は恋に落ちていた。横暴だった彼女の性格も徐々に和らいでいく。

百美の父は東京都知事の壇ノ浦建造だった。その家に招かれた麗は、建造の執事・阿久津翔に正体を見破られることになる。実は麗は埼玉県民だったのである。父の名を受けた麗は埼玉を解放するために身を偽り、ひそかに東京へと潜入していたのだ。

麗の正体を知った百美だったが、それでも彼についていくことを決意する。逃避行をする二人は、やがてレジスタンス「埼玉解放戦線」へと合流し、千葉県民を巻き込んだ大きな戦いに身を投じていくのだった。

『翔んで埼玉』感想と解説

完璧な布陣で送られるローカル・コメディ

「海が恋しい」「貧乳No.1」「草加せんべい」。こういった自虐ネタのオンパレードを楽しめる作品である。地域性というのはどこの国でも見られるだろうが、廃藩置県があった日本では特別その意識が強いのかもしれない。県民性をテーマにした番組や本が話題になるのも、たしかに納得できる。

こうした漫画の実写化作品を挙げればキリがないが、コメディとして本当に成功した例はあまりない。近年だと『銀魂』(2017年)ぐらいだろうか。デフォルメされた役を演じる難しさや、原作の世界観を再現するための壁を考えれば致し方ない。その点『テルマエ・ロマエ』(2012年)を監督した武内英樹の手腕は流石であり、配役にもセンスが光っている。

まずは主演の二階堂ふみ男役こそ本作が初だが、そのボーイッシュな雰囲気は生徒会長役に適任だったといえる。本作はいわゆる『ベルばら』的な世界観だが、かといって宝塚的なシリアスな演技では違和感が残る。二階堂のコミカルな演技が相応しかったと言えるだろう。

そして同じく主演のGACKTこれほど「眉目秀麗」という表現が似合う役者はいないだろう。いや、役者としてのキャリアは少なく、大河ドラマ『風林火山』で上杉謙信を演じたことが思い出されるくらいだが、本作を見る限りでは正真正銘の役者だった。中盤の海辺のシーンでバイクにまたがるGACKTは最高にクールだった。

ちなみに、あの場面で京本政樹が馬に乗っていたことも最高だった。やはり『仮面ライダー』のGACKTにはバイクが、『里見八犬伝』の京本政樹には馬がよく似合う。

現在と過去のパートが交錯する

観ていて上手いと感じたのが、現代パートの存在だ。原作にはない要素なのだが、都市伝説として語られる「埼玉解放戦線」の話の合間に、その都市伝説を聞いている現在の埼玉県民(島崎遥香らが演じる)のパートが挿入される。この「ツッコミを入れるぱるる」という構図が上手く機能していて、ややもすると大仰になりかねない"騒々しさ"に一息入れることができる。

この構図にはもうひとつ別の仕掛けがあって、それは映画のラストで判明することになる。詳しくは書かないが(予想はつくかもしれないが)、そこでは埼玉の持っているコンプレックスが世界に向かって開かれることになる。そのとき私たちは、これこそが本作で描きたかった「革命」だったのだ、と理解することができるだろう。

つまり、都市伝説のなかで描かれた埼玉県人の「革命」と、現実の世界で起きている埼玉県民の「革命」とがリンクするのだ。これほど熱い展開はないように思える。

『翔んで埼玉』はこんな人におすすめ

  • 自虐ネタに寛容で理解のある埼玉県民
  • 優越感に浸っている東京都民
  • 出自をネタにしたことがあるすべての人

『翔んで埼玉』の関連作品


「埼玉」つながりで『SR サイタマノラッパー』をおすすめしたい。もうすぐ『AI崩壊』が公開される監督・入江悠の一躍有名にした作品だ。埼玉県にある町を舞台に、ラッパーを夢見る男たちの青春が描かれている。

この映画、一言でいえば「ダサかっこいい」魅力であふれており、それは『翔んで埼玉』にも通じるものがあるだろう。続編も2本制作されているので、ぜひ通して観てもらいたい。