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『パラサイト 半地下の家族』公開記念:ポン・ジュノ監督の経歴とおすすめ作品を紹介

韓国映画史上初となるカンヌ国際映画祭パルムドールを獲得した『パラサイト 半地下の家族』。日本では2020年の年明けに公開され、すでに各所で絶賛されていることは周知の通りだ。その勢いはとどまることなく、アカデミー賞では作品賞を含む6部門にノミネート。さらに米HBO(『ゲーム・オブ・スローンズ』で知られる)がドラマシリーズ化するという話まで持ち上がっている。

この『パラサイト』が批評家のみならず、一般の観客からも高い評価を受けたひとつの理由として、大衆的なユーモア社会的なメッセージ性を両立させたことが挙げられるだろう。前半の間の抜けた空気感から一転、突如としてシリアスな方向へと加速していき、やがて衝撃的な破滅を迎える物語の構築は見事としかいいようがない。作品を重ねるごとに洗練されてきたポン・ジュノ監督の手腕は、この『パラサイト』をもって極致に達したと思えてしまうほどである。

だからこそポン・ジュノという監督について、ここでもう一度振り返っておきたい。そのフィルモグラフィーを見返せば、『パラサイト』で描かれた様々なモチーフ(たとえば「地下」であったり「果物」であったり)が、これまでの作品にも数多く用いられてきた事実に気がつくだろう。本記事を読めば、きっと『パラサイト』とポン・ジュノ監督の全体像をとらえることができるはずだ。

ポン・ジュノ監督の経歴

ポン・ジュノは1969年、韓国の大邱市で生まれた。デザイナーの父を持ち、祖母は小説家の朴泰遠。小学生の頃にソウルの漢江周辺へと引っ越し、そこで芸術に囲まれて成長することになる。1988年に名門・延世大学に入学し、社会学を修めた後に韓国映画アカデミーに再入学。そこで制作した16mmの短編映画が国際映画祭で評価を受けることになった。

卒業後も何本かの短編を制作し、2000年に初の長編作品『ほえる犬は噛まない』を発表。韓国での興行は振るわなかったが、香港国際映画祭で批評家賞を獲得するなど、国外での注目を集めた。

それから2年後、サスペンス映画『殺人の追憶』(2003年)を公開。こちらは韓国で大ヒットを記録し、大鐘賞(韓国のアカデミー賞に相当する)で最優秀作品賞を獲得。海外でもカンヌを始めとする映画祭で上映され話題となった。

続く2006年に公開されたモンスター・パニック映画『グエムル-漢江の怪物』は、当時の韓国興行収入記録を塗り替える快挙を達成。アジア・フィルム・アワードでも最優秀作品に輝いている。

2009年には、息子の無実を信じる女性を描いた衝撃作『母なる証明』を発表。2013年には制作の場を海外へと移し、クリス・エヴァンス主演の『スノーピアサー』を公開する。続くNetflix配給作品『オクジャ/okja』(2017年)でも、世界進出を果たすことになった。

そして2019年、『パラサイト 半地下の家族』を発表し、韓国映画初となるカンヌ国際映画祭パルムドールを獲得したのである。

ポン・ジュノ監督を読み解くキーワード

ここでは、ポン・ジュノ作品の思想や関連する出来事を取り上げる。このキーワードを軸に鑑賞すれば、きっと作品の理解も深まるはずだ。

地下:分断される社会

奇しくも『パラサイト』の邦題が示してくれたように、ポン・ジュノ作品における最も象徴的なモチーフは「地下」だ。

長編デビュー作『ほえる犬は噛まない』に登場した団地の地下階をはじめ、『殺人の追憶』における取調室、『グエムル』で少女が落ちた側溝、『スノーピアサー』の動力室。いずれの場合も、物語は地下が起点となって進むことが多い。

それは様々な意味において「地上」との社会的な分断を強調している。学歴や権力、あるいは資本主義の下で地下へと降りざるを得なかった人々。そんな人間たちの物語を、ポン・ジュノ監督は丁寧に描いていくのである。

食べ物:悲劇的な出来事を予告する

ポン・ジュノ作品におけるもうひとつのモチーフが「食べ物」だ。とはいえ多くの場合、その食べ物は皮肉にも食べられることがない。

『殺人の追憶』では殺された被害者の膣の中に桃が入れられ、『パラサイト』ではその桃が邪魔者を排除するための道具となる。『母なる証明』で逮捕された息子の口にはリンゴが突っ込まれ、『スノーピアサー』で新年のお祝いに配られる卵は銃撃戦の引き金となるだろう。

いずれの場合も、食べ物はその本来の目的を失い、悲劇を予感させるための合図として用いられている。支配する者たちが幸福な食事を楽しむ中、支配される者、社会の陰で暮らす者にとっての食べ物は悪夢の始まりなのである。

ブラックリスト:韓国保守政権の闇

2017年まで、ポン・ジュノは監督は保守政権のブラックリストに入れられていた。社会風刺を含んだ作風が問題となり、およそ1万人のアーティストともに左派の危険分子とみなされたのである。その期間は2008年からの李明博政権に始まり、2017年の朴槿恵政権終了まで続いたとされている。

特に朴槿恵政権の時代には、300人の死者を出したセウォル号の沈没事故が起きている。事故後の対応をめぐって大統領が責任を問われる中、ポン・ジュノ監督も批判の側に立ったという。まさに『グエムル-漢江の怪物-』で描かれたような政治の機能不全が、痛ましい事故とともに現実になってしまったのである。

『グエムル』の後に制作した『スノーピアサー』も『オクジャ/okga』も、資本主義の下で生きる人々の分断を描いた作品だ。政権に睨まれながらも、彼の社会風刺はとどまることなく深化されていったといえるだろう。

ポン・ジュノ監督の作品解説【おすすめ度】

ポン・ジュノ監督のフィルモグラフィーを解説しよう。これまでに7本の長編映画と、数本の短編映画が製作されている。それぞれの作品には個別記事を用意してあるので、詳細を知りたい方はリンク先に飛んで欲しい。

ほえる犬は噛まない(2000年)【★★☆】


ポン・ジュノ監督の劇場デビュー作となった『ほえる犬は噛まない』。とある団地を舞台に、飼い犬の失踪事件を描いたコメディ作品である。団地に暮らす少女を演じたペ・デュナは、その後『リンダ リンダ リンダ』(2005年)や『クラウド アトラス』(2012年)など海外でも知られる女優となっていく。

飼い犬殺しを描いたブラックコメディであり、その笑うに笑えぬ作風は『パラサイト』に通じるものがある。主人公は大学の非常勤講師なのだが、これがうだつの上がらない男で、教授に上がれず、家では妻の尻に敷かれる始末。高学歴ながら社会的な地位を得られない鬱憤が、彼をある凶行へと導いてしまうのである。

興味深いのは、この男が出会うことになる警備員や浮浪者たちだ。彼らは団地の「地下」を拠点にしており、上階から降りてきた主人公と交錯することになる。ポン・ジュノ監督の中心的な主題である格差社会が、すでに地下のイメージとともに表現されているのである。

殺人の追憶(2003年)【★★★】


第2作『殺人の追憶』は、実際に起きた連続殺人事件に基づいたサスペンス映画だ。サスペンスというと、前作から作風が一転したように思えるかもしれない。だが、本作に登場するのは間の抜けた刑事ばかり。捜査の手がかりを得られないどころか、誤認逮捕を繰り返し、挙句の果てには「地下」での誘導尋問も厭わない。そんな彼らが犯人を追い詰めるどころか、むしろ精神的に追い詰められていく過程を描いた物語である。

ポイントは、この事件が発生したのが1986年であること。それは韓国民主化運動が起きる以前、まだ軍事政権が支配していた時代である。こうした社会的背景と、刑事たちの立ち位置が象徴的に重なっている気がしてならない。

余談だが、映画のモデルになった華城連続殺人事件は長らく未解決のままだったものの、2019年に真犯人が特定されている(時効のため罪には問えず)。

グエムル-漢江の怪物-(2006年)【★★★】


韓国映画史に残る大ヒットを記録した『グエムル-漢江の怪物-』。米軍の不法投棄が原因によって生まれた怪物(韓国語でグエムル)を描いたモンスター・パニック映画である。主演はポン・ジュノ作品の常連ソン・ガンホ。『ほえる犬は噛まない』に出演したペ・デュナも出演している。

それまでの韓国には怪獣映画の伝統が皆無であったにもかかわらず、『グエムル』は驚くほど上質なモンスター映画となった。ポン・ジュノは『ゴジラ』など日本の怪獣映画を参考にしたと語ってるが、その斬新なプロットや社会性は日本人の期待を超えている。

単に反米的なメッセージが込められているだけでなく、家族の物語であるという点も重要であり、それは『パラサイト』にも通底している気がしてならない。

シェイキング東京/『TOKYO!』(2008年)【★★☆】

TOKYO!
『TOKYO!』は東京を舞台にした3本の短編からなるオムニバス映画である。ポン・ジュノのほかに『エターナル・サンシャイン』のミシェル・ゴンドリーと『ポンヌフの恋人』のレオス・カラックスが、各短編の監督を務めている。

3編のいずれも監督の強烈な個性が発揮されており、「東京」というテーマ以外に一貫性はない。ポン・ジュノが描いた「シェイキング東京」は、香川照之蒼井優竹中直人らが出演している。

主人公は10年間自宅に引きこもり続けている男。ある日ピザの配達にやって来た女性に惹かれ、彼女に会うため外の世界へ足を踏み出すという話である。短編とはいえ侮るなかれ。切なく哀しい物語で、何よりも蒼井優が美しい。一度観たら忘れられない作品なので、個人的にもおすすめしたい。

母なる証明(2009年)【★★☆】


これまでとは異質な作風となった『母なる証明』。殺人容疑で逮捕された息子の無実を信じ抜く母親を描く。彼女の愛が引き起こすセンセーショナルな結末は必見だ。ちなみに、兵役で芸能界を離れていたウォンビンが4年ぶりに復帰した作品でもある。

スノーピアサー(2013年)【★★☆】


ポン・ジュノにとって初の海外制作となった作品。生物のほとんどが死滅した近未来を舞台に、極寒の地上を走る列車「スノーピアサー」での戦いを描いた物語である。主演を『キャプテン・アメリカ』のクリス・エヴァンスが演じており、ポン・ジュノ監督を兄と慕うソン・ガンホも重要な役どころで出演している。

海外に足場を移した本作では、「資本主義」が大きなテーマとして描かれている。資本家に対する労働者の階級闘争ということで、やや安直で大時代的な構成になってしまっていることは否めないが、ここでの問題意識はさらに深化していき、やがて『パラサイト』へと結実することになる。

ちなみに、2020年には本作のテレビシリーズ版の放送も予定されている。

海にかかる霧(2014年)【★★☆】


ポン・ジュノがプロデュースとして携わった『海にかかる霧』。監督は『殺人の追憶』で脚本を手掛けたシム・ソンボ。彼はポン・ジュノと共同で脚本も執筆している。

2001年に起きたテチャン号事件(中国からの密航者が船内で死亡した事件)を下敷きにした物語で、元東方神起のパク・ユチョンが俳優デビューを飾ったことでも話題となった。

海上の漁船を舞台に、密航者を乗せたことにより極限状態に追い込まれていく船員たちを描いた物語。ポン・ジュノ監督作ではないが、彼の脚本家としての才を知ることができるはずだ。他の監督作品とは違い「密室劇」の側面が強いものの、船上という限られた空間を最大限に活かした設定が見事な作品。

オクジャ/okja(2017年)【★★☆】

オクジャ
劇場ではなくNetflix配信の形で公開されたことから、出品されたカンヌ国際映画祭で物議を醸すことになった作品。『グエムル』を彷彿とさせるモンスター映画だが、こちらの生き物は人に危害を与えない。遺伝子改造された大豚のオクジャと、その育ての親であるミジャとの絆を描いた作品である。

この作品も、やはり資本主義の現実を突きつける内容となっている。実在する動物解放団体の名前も登場し、環境保護をめぐってダイナミックに話が展開されていく。

パラサイト 半地下の家族(2019年)【★★★】


カンヌ国際映画祭でパルムドールを獲得した『パラサイト 半地下の家族』。ポン・ジュノ監督だけでなく、韓国映画界にとっても大きなブレイクスルーとなった。

過去作品で使われたモチーフがいくつも盛り込まれ、なおかつコメディとしても見ごたえのある内容だ。主人公たち家族の結束は『グエムル』を彷彿とさせ、地下の構図は『ほえる犬は噛まない』から一貫している。桃が凶器として使われたのは『殺人の追憶』を思い起こさせるし、資本主義の主題は『スノーピアサー』が契機といえるだろう。

これらの要素が精緻に組み立てられ、『パラサイト』という傑作は誕生したのである。

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