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『欲望の翼』解説:「1分間」の時制に込められたもう一つの香港
作品のポイント

  • ウォン・カーウァイの監督第二作で、その独創的なスタイルを世に知らしめた作品。
  • 1960年代の香港を舞台に展開される、モノクロームで切ない恋愛群像劇。
  • 「1分間」を合言葉に立ち現れるのは、記憶に留められたもう一つの香港。

『欲望の翼』作品概要

『欲望の翼』は1990年に公開された香港映画です。監督は『恋する惑星』(94年)で知られるウォン・カーウァイ。その監督デビュー作『いますぐ抱きしめたい』(88年)に続く作品で、彼の独創的なスタイルの萌芽を見てとることができます。

また、本作で撮影を務めたクリストファー・ドイルは、後のウォン・カーウァイ作品で欠かせない存在となります。世界を股にかける名撮影監督として、近年ではアレハンドロ・ホドロフスキーの『エンドレス・ポエトリー』(16年)や、オダギリジョーの初長編映画『ある船頭の話』(19年)で手腕を発揮しました。

主要キャストには、香港映画界のスターがずらりと並びます。主人公ヨディを演じたレスリー・チャンに、その恋人スーを演じるマギー・チャン。踊り子のミミを演じたカリーナ・ラウは、以降ウォン・カーウァイ作品の常連となっていきます。

さらに、恋する青年二人を演じたアンディ・ラウジャッキー・チュンは、ともに香港四天王と称される俳優。ダメ押しにトニー・レオンも最後の場面で登場。ちなみに、彼とカリーナ・ラウは当時から交際関係にあり、その後の2008年に結婚しています。

香港を舞台にした恋愛群像劇であり、同じ60年代を舞台にした『花様年華』(00年)『2046』(04年)と合わせ、三部作に連なる作品です。

『欲望の翼』あらすじ

1960年の香港。移り気な青年ヨディは、サッカースタジアムの売り子スー・リーチェンを口説き落とします。すぐに二人は親密な関係となり、彼女は結婚を望むようになりますが、ヨディは首を縦に振りません。諦めたスーは、みずからヨディのもとを去っていきます。

一方のヨディは、たまたま出会った踊り子のミミに声をかけます。はじめは拒絶していた彼女ですが、ヨディの強引な態度の前に、たちまち関係を持つのでした。

その頃、別れたスーはまだヨディのことを忘れられずにいました。夜ごとに彼の家の前まで足を運ぶ彼女を、巡回中の警官タイドは気にかけます。幾度か会うようになったスーは、自身の苦しみをタイドの前で話すのでした。

養母レベッカのもとで育ったヨディは、自分の出自を何も知りませんでした。顔さえ分からない母への思いは徐々に募っていき、ついにレベッカから彼女の居場所を聞き出します。ミミには何も言わず、ひとりフィリピンへと旅立つヨディ。

置き去りにされたミミは、彼女に思いを寄せていたヨディの親友、サブになだめられます。彼の工面してくれたお金を手に、ミミはヨディの後を追いかけようとします。

ついにフィリピンに着いたヨディは、母親が暮らす豪邸を訪れますが……。

『欲望の翼』解説

艶やかな群像劇

「1960年4月16日3時1分前、君は俺といた。この1分を忘れない」とヒロインを口説くレスリー・チャンの、整えられた鬢の毛。そのセクシーな姿を目にした私たちは、きっと彼一人で映画が成立すると勘違いするはずです。

しかし、大方の予想に反して本作は群像劇であり、男女の色香が漂うなかで、絡み合う人間すべてがスタイルを構築します。マギー・チャンの濡れた背中は哀愁を誘い(それは『花様年華』で頂点に達します)、カリーナ・ラウの粗忽な態度(彼女は『2046』で舞い戻ります)もまた魅力的です。

この女性二人と主人公のヨディは関係を結ぶのですが、彼の本心は別の場所を向いていました。養母レベッカに育てられたヨディは、名前すら知らない本当の母親を探し求めていたのです。

あえなく捨てられた二人の女性は、それぞれ他の男と出会います。ヨディのことが忘れられないスーは、見回りをしていた警官のタイドに慰められ、ヨディの行方を探す踊り子ミミは、彼の親友サブのもとを訪ねることに。こうして、ヨディの移り気を起点とする恋愛劇が淡々と描かれます。

香港の歴史性

1960年代といえば、J・F・ケネディが米国大統領に当選し、アポロ計画が人類の夢を実現する時代です。同時に、黒人公民権運動をはじめ、世界的な政治の季節を迎える時代でもあります。

その一方で、香港は100年以上にわたるイギリス植民地支配の真っただ中。アジアの貿易港として栄えながらも、中華人民共和国から流入した貧しい移民が暮らす場所でした。

監督のインタビューによると、主人公のヨディはフィリピンの血を引き、その義母レベッカは上海出身。警官のタイドは香港の生まれで、ヒロインのスーはマカオ出身とのこと。というように、舞台が多分に政治性を含んだ空間である以上、主人公のアイデンティティ・クライシスを香港の歴史と結びつけて考えることも、それほど難しくありません。

また、全編を通して父(=主権者)が不在であることも、植民地の特殊性を指し示しているといえます。念のために言い添えておくと、香港返還が果たされるのは1997年のことです。

反リアリズムの感性

その一方で、ウォン・カーウァイ作品の例に漏れず、本作はリアリズムから遠く離れた位置にあります。その感性的な作風、あるいは一種のエートスによって、歴史上の香港とは異なる空間が立ち現れているのです。

この点に関して、撮影監督のクリストファー・ドイルが果たした役割は大きいでしょう。光と影を巧みに操ったモノクロ―ムの映像。人物ではなく空間を切り取るかのようなカメラワーク。伝統的な切り返しを避ける対話劇。いずれもウォン・カーウァイ作品の、唯一無二の美学を特徴づけるものです。

そしてまた、本作には時計のモチーフが頻出します。冒頭に引用した「1分間」を記憶に刻むように、壁掛け時計の音が幾度となく響きわたるのです。過去を振り切れないスーにとっても、振り切ったかのように思えたヨディにとっても、この「1分間」は重要な意味を帯びています。

監督はインタビューで次のように答えています。

私にはリアリスティックに時代を再創造するほどの力量がないので、すべて記憶から引き出すことにしました。記憶とはまさに喪失感に関わるものであり、ドラマには絶対に欠かすことができない要素です。私たちは時制の言葉によって物事を記憶します。「昨日の晩、僕が出会ったのは……」「三年前、僕は……」という風に。

「昨日の晩」や「三年前」と口にするとき、物事は記憶に留められる。言い換えれば、それは出来事を物語(歴史)とする際に必要な符丁のようなものです。冒頭場面におけるヨディの口説き文句と、終始にわたり反復される時計のモチーフは、この符丁の役割を果たしていると考えられます。

さて、話を少し戻せば、香港とは特別な歴史を持った空間でした。そこで発せられた「1分間」という言葉は、やはり特別な意味を持っているように思えます。移り気なヨディが記憶に留めようとしたその時間は、移ろいゆく香港が歴史に刻もうとする、ほんの僅かな黄昏の時間だったのかもしれません。

関連作品:『理由なき反抗』(1955年)

俳優ジェームズ・ディーン、あるいは監督ニコラス・レイの代表作として広く知られる作品です。不良青年でありながらも内面に葛藤を抱える主人公姿は、まずもって『欲望の翼』の原型といえるでしょう。(ワセリンで固められた鬢の毛まで)。

さらに言えば、『欲望の翼』の広東語タイトルは「反抗的な青年の物語」であり、これは『理由なき反抗』の香港語タイトルと一致している、という指摘もあります(デヴィッド・ボードウェル)。

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