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『悲夢』解説・考察:胡蝶の夢を通して結ばれる愛

『白い恐怖』から『インセプション』に至るまで、夢をテーマにした映画というのは枚挙に暇がありません。それは映画というメディア自体が、大衆の潜在的願望を映し出す装置であることと無関係ではないように思います。社会によって抑え込まれた無意識がスクリーン上に滲み出るとき、映画はひとつの壮大な夢となって表れることになります。

というわけで、今回は韓国映画界の異端児、キム・ギドク監督の描いた夢の物語『悲夢』の紹介です。

作品のポイント

  • キム・ギドクが夢を共有する二人の関係を描いた悲劇のラブストーリー。
  • オダギリ・ジョーとイ・ヨナン、二人が魅せる黒の白のコントラストに注目。
  • 作品全体が胡蝶の夢へと包まれていくラストは筆舌に尽くしがたい。

『悲夢』作品概要

韓国映画界の鬼才キム・ギドク。その15番目の作品『悲夢』は2008年に公開されました。

主演はオダギリジョーイ・ヨナン。オダギリは国際的な知名度も高い俳優であり、これまでタッグを組んだ監督に黒沢清、青山真治、崔洋一、鈴木清順、是枝裕和など錚々たる名前が並びます。

以前からキム・ギドク作品のファンだったというオダギリですが、『東京タワー/オカンとボクと、時々、オトン』での長髪姿を見初めた監督からオファーを受け出演が決まりました。本作をきっかけに二人は親交を深めることになり、後の『人間の時間』(2018年)でも再度タッグを組むことになります。

一方のイ・ヨナンといえば、『私たちの幸せな時間』(2006年)で演じた自殺未遂の元女優役が鮮烈な印象を残しました。他にも乃南アサ原作の韓国映画『凍える刃』でヒロインを演じ、『劇場版 SPEC〜結〜』(2013年)では友情出演を果たすなど、日本でも馴染みの深い女優といえます。

小規模上映であった前作『ブレス』(2007年)や前々作『絶対の愛』(2006年)とは異なり、100以上の上映館で公開されることになった『悲夢』。別れた恋人を忘れられない男と、別れた恋人を憎む女夢を共有し合うことになった二人の奇妙な関係を描いたラブストーリーです。

『悲夢』あらすじ

篆刻家のジンは悪夢の中で交通事故を引き起こします。夢から覚めた彼が見たのは、先ほどの夢と全く同じひき逃げ事故の現場でした。

その容疑者として洋裁師のランという女性が警察に連行されますが、ジンは間に割って入り、犯人は自分であると主張します。夢の話を一顧だにせず、彼を追い出す警察。最初はひき逃げを否認していたランですが、やがて自分が夢遊病を患っていることを打ち明けます。

どうやら、ジンが見た夢の通りにランは徘徊してしまうようでした。奇妙な関係で結ばれてしまった二人は精神科医を訪ねます。ジンは自分を捨てた恋人のことが忘れられず、夢を通して彼女に会おうとしていました。一方、ランは自分が捨てた恋人のことを憎んでおり、夢遊病の中で彼と会うことを恐れていました。

両者は対になる存在であり、ジンが幸せになればランは不幸になる。「2人が愛し合えば、夢も消えるでしょう」と話す精神科医。もちろん、ジンもランも首を横に振ります。

奇妙な夢遊病の解決策として、ジンはランの家で交互に寝ることを提案します。いがみ合いなからも同居生活を続ける二人でしたが、ふとした拍子に眠りに落ちてしまったランは、ジンの夢の通り昔の男と体を重ねてしまうのでした。

お互いの過去に引きずられながらも、ジンとランはやがて惹かれ合うようになっていきます。しかし、夢の悲劇がまたも訪れ、二人の関係を無慈悲に引き裂くのでした。

『悲夢』解説・考察

オダギリ・ジョーの黒とイ・ヨナンの白

オダギリ・ジョーとイ・ヨナンの憂いを帯びた演技が光る作品です。特に注目してほしいのがオダギリの台詞回し。彼は全編にわたって日本語で演技をしているのですが、他の韓国人俳優たちの中で違和感なく溶け込んでいます。

いや、考えてみれば(あるいは考えるまでもなく)彼の日本語が堂々と通じてしまうというのは奇妙な設定なのですが、夢がテーマの作品にそんな指摘をすること自体が野暮な話かもしれません。

ちなみにキム・ギドク監督も日本語が話せないため、撮影中オダギリの台詞を指摘できるのは彼だけでした。ということは、自らの判断でテイクにOKやNGを出していた訳で、彼の役者としての技量、あるいは監督としての素質が感じられる逸話であるといえます。

関連作品:『ある船頭の話』
2019年には、そんなオダギリ・ジョーの長編初監督作品『ある船頭の話』が公開されています。主演は柄本明、ヒロインは川島鈴遥。ヴェネツィア国際映画祭ではヴェニス・デイズ部門に出品されました。

イ・ヨナンにしてみれば、本作ようなの陰のある演技は真骨頂でしょう。『私たちの幸せな時間』では自殺未遂を繰り返す元歌手のヒロインを演じた彼女ですが、本作でも死に憑かれたような狂気の演技を魅せてくれます。たとえ理性を失ったとしても、澄んだ瞳に湛えられた光は損なわれることがありません。

この二人の演じるキャラクターがあざといほどに対照的で、それぞれ黒と白の衣装に身を包み、夢を共有しながらも反目し合うことになります。ジンの篆刻が象徴しているように、ネガとポジ陰と陽とが目くるめく変転する物語です。

胡蝶の夢に包まれるラスト

夢の中で想い人と逢瀬を果たす、というのは日本でもお馴染みの話。平安時代から和歌で詠まれてきたテーマであり、その古典性は『君の名は。』のようなヒット作品でも反復されることになりました。

そんな甘いラブロマンスを想起させる夢も、キム・ギドクの手にかかれば悲劇の舞台となります。ジョーは夢を通して昔の女に会おうとしているのですが、それはランの夢遊病を引き起こしてしまいます。彼女は自分の意志とは関係なく、忘れようとしている昔の男に会いに行ってしまう。

精神科医は「2人が愛し合えば夢は消える」と教えるのですが、そのためにはジンとランが過去と決別しなければならない訳で、結局、昔の恋人を断ち切ることができない二人は夢を共有し続けてしまいます。

愛し合うことができい二人は夢遊病を防ぐため、手錠で繋がれた状態で寝ることになります。皮肉なことに、その過程で二人は次第に親密になっていく。このあたりの捻くれ具合が非常にキム・ギドク的で、『悪い男』(2001年)などが代表例なのですが、彼の作品では否定に否定を重ねることで初めて愛が成就されるように思えます。

こうしてジンとランは結ばれる……のも束の間、またしても夢が二人を襲い、物語は悲劇的な結末へと向かっていきます。それ以降のシークエンスではギドク監督の趣味趣向が存分に発揮されることに。目を覆いたくなるような痛ましい描写があり、虚実の入り乱れる耽美的な描写があり、『悲夢』という作品自体が監督の夢に包まれていくようでもあります。

撮影中のアクシデント

その鮮烈なラストシーンの撮影中、あわや役者の死亡事故となるアクシデントが発生したといいます。ネタバレは避けますが、その時セットにいたのはイ・ヨナンだけであり、スタッフはすぐに動けない状態にありました。

首を絞められていた彼女は辛うじて置いてあった踏み台に乗り、一命をとりとめます。この事故にショックを受けたギドク監督は、映画制作の場から身を引くことを考え、実に3年間にわたって山に籠ることになりました。

その間もカメラだけは回していたようで、2011年に山籠りの生活を映したセルフ・ドキュメンタリー『アリラン』を発表、翌年の『嘆きのピエタ』で本格的な映画界への復帰を果たすことになります。

キム・ギドク監督のまとめ記事はこちら。経歴や関連キーワードとともに、全23作品を完全解説しています。

関連作品:『バニラ・スカイ』(2001年)


1997年のスぺイン映画『オープン・ユア・アイズ』をトム・クルーズのプロデュースでリメイクした作品。監督は『あの頃ペニー・レインと』のキャメロン・クロウ。

大富豪のプレイボーイである主人公が、交通事故によってハンサムな顔立ちを失ってしまいます。彼は次第に悪夢にうなされるようになり、夢と現実の区別がつかなくなっていく……という物語。

夢を扱った映画は無数にありますが、本作の解釈を巡っては今も論争が絶えません。「一体どこからが夢なのか?」分からなくなる映画です。

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