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儒教社会である韓国では、「孝」つまり子が親に従う道徳観が根強く存在する。同時に、親もまた子を教育する義務があり、特に家系を継ぐ長男ともなれば手塩にかけて相応に育てられることになる。その過程で、厳格な家父長とのクッション役を果たすのが母親だ。そんな理由もあり、韓国の男性は日本人からするとマザコン(韓国ではママボーイと呼ぶ)に見えることが多い。

今回取り上げる『母なる証明』は、そんな母と子の強い関係性を描いた作品だ。ただし、この愛は究極的に過保護である。ブルトンは「愛のどんな敵も、愛がみずからを讃える炉で溶解する」と書いたことがあったが、まさに本作における母と子の愛情は、その邪魔をする者を溶解させてしまう。鬼才・ポン・ジュノ監督が描く、ある愛が狂気へと至る物語を紹介しよう。

『母なる証明』(2009年/ポン・ジュノ監督)


2009年、ポン・ジュノ監督の長編作品4作目として『母なる証明』は公開された。同年のカンヌ国際映画祭で「ある視点」部門に出品され、サンフランシスコ映画批評家協会賞では外国語映画賞を受賞。韓国内での興行成績もまずまずの結果で、観客動員数300万人は同年10位の記録となった。

主演は「国民の母」と呼ばれているキム・ヘジャ。さらに兵役で芸能界を離れていたウォンビンが、実に4年ぶりの復帰を果たしたことも話題となった。

殺人容疑で逮捕された息子の無実を信じ、自ら真犯人を探す母親を描く。彼女の愛が引き起こすセンセーショナルな結末は、日本でも大きな話題を呼ぶことになった。

『母なる証明』あらすじ

韓国の小さな村で、ひとりの女が息子のトジュンとともに暮らしていた。トジュンには軽い知的障害があり、馬鹿にされると見境なく人を攻撃する癖がある。そんな息子のことを気にかけていた母だったが、ある日トジュンは女子高生アジョンの殺人容疑で逮捕されてしまう。

証拠とされたのは、事件現場に落ちていたトジュンのゴルフボールだった。母は殺害を否定するトジュンの言葉を信じ、真犯人を探すために独自の聞き込みを始めるのだった。

トジュンの悪友だったジンテを巻き込み、母は殺されたアジョンの周辺を調べていく。徐々にアジョンの正体が明らかになっていく中、息子に対する彼女の愛は悲劇的な結末を迎えようとしていた。

『母なる証明』解説と考察

『殺人の追憶』から『母なる証明』へ

ポン・ジュノ監督にとって、この『母なる証明』は二度目のサスペンス映画となった。一度目は『殺人の追憶』(2003年)で、実際に起きた連続殺人事件を下敷きにした作品である。

どちらの作品も「冤罪」が物語の起点であり、知的障害を持った人物が登場する点も類似している。特に『母なる証明』でドジュンが警察官から尋問を受けるシーンなどは、『殺人の追憶』における同様の場面を彷彿とさせるだろう。

さらに言えば、真相が宙づりになったままエンドクレジットを迎えてしまう点も同じである。この後味がいつまでも残る感じ、いかにもポン・ジュノ監督らしい。ラストで語られた事実をそのまま受け止める考察も多いが、結局のところ真相は藪の中である。

この二つの作品を比較すると、ポン・ジュノ監督の問題意識を明瞭に見てとることができる。『殺人の追憶』の舞台となったのは1987年以前の軍事政権であり、そこには権力による暴力が蔓延していた。一方『母なる証明』では、もはやそこに暴力は存在しない。だが、民主化された社会の歪みが金銭の関係を通して表出するのである。

貧しい母が事件の聞き込みをしていくなかで、協力者に渡されていく金銭。皮肉なことに、被害者の女子校生アジョンも金銭に追われる身であった。そう考えると、この作品の主題は次作『スノーピアサー』(2013年)で描かれた資本主義の主題と滑らかに接続されるように思える。

「母なるもの」の象徴であるキム・ヘジャ

公開時は「ウォンビンが帰ってきた!」と世の奥様方を歓喜させた本作だが、あらためて観ると、彼だけでなく主演のキム・ヘジャの圧倒的な演技に気圧されてしまう。

数多くの母親役を演じ、韓国では「国民の母」と称されている彼女。日本でいえば泉ピン子あたりが「年齢的には」近い存在だろう。というよりも、そもそも韓国には「国民の母」が多すぎる。『渇き』のキム・ヘスクに『屋根部屋のネコ』のキム・ジャオク、『不滅の恋人』キム・ミギョン……。

話を戻すと、本作でキム・ヘジャが演じた役には名前がない(クレジット表記も「마더」、本作の原題「母」である)。固有の名を持たないということは、普遍的な「母」を象徴していると考えられるだろう。実際、彼女は儒教社会における母性を体現しているように思えるのだ。

そのことが分かるのが、度重なる「薬」のイメージである。彼女は小さな店で薬草を売って暮らしているし、非合法で鍼治療も行っている。高麗人参や栄養ドリンクを配る場面も見られ、終盤では恵生院のボランティアを装って目撃者に近づく。

それと同時に、薬に対置される「毒」のイメージも与えられる。トジュンの言葉から、かつて母親が彼と農薬で心中しようとした事実が明らかにされるだろう。印象的なのが、あくどい弁護士の相手をした彼女が酒をあおり、トイレで吐く場面。本作における「母」は他者に奉仕する存在なのであり、その逆は許されない。だから終盤で彼女が目撃者からお茶を進められたとき、その身の破滅が予告されるのである。

次に観たい作品:『接吻』(2008年)


万田邦敏監督による2008年の作品。小池栄子が演じる主人公のOLが、TVに映った殺人事件の容疑者に一目ぼれし、近づいた果てに獄中結婚する物語である。キャッチコピーは「究極の愛が行き着いた、衝撃の結末」

話の構成はまったく異なるが、想像を遥かに超えた愛の形を描き、悲劇的なクライマックスへと向かっていく加速感は『母なる証明』と近いものを感じる。観る者に感情移入をさせるための隙を与えず、しかし同時に吸い込まれるような魔力によってその心を捉えて離さない。そんな作品である。

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