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河合幹雄『日本の殺人』書評:加害者の大半は被害者の遺族でもある

河合幹雄『日本の殺人』基本情報

河合幹雄は日本の法学者。1960年生まれ。著書に『安全神話崩壊のパラドックス』(04年)、『終身刑の死角』(09年)、『もしも刑務所に入ったら』(19年)。

河合幹雄『日本の殺人』書評

「日本の殺人」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。犯罪史に残る残忍な事件、推理作家も仰天のトリック、あるいは「事実は小説より奇なり」と言わんばかりの数奇な顛末。

しかしながら、日本で起きているのはセンセーショナルな殺人ばかりではありません。マスメディアによって報じられない殺人は数知れず。いずれも人間の命が奪われていることに変わりはないのですが、しかし大衆のフィルターを通したとき、世間に隠れてしまう死の輪郭は確実に存在します。

このとき、有効なアプローチとして考えられるのは二種類。まず、ノンフィクションによって微視的に「殺人事件」の全貌を浮かび上がらせること。メディアが取り上げない社会的要因、犯人の生い立ちから犯行の心理、逮捕後の様子に至るまで詳らかにすること。それは見落とされていた真実を想像力によって補填する、ある種の文学的な作業にほかなりません。

そしてもうひとつが、統計学を用いて巨視的に「殺人事件」を紐解いていくことです。先ほどの記述に対応させれば、こちらは理数的な作業ということになります。もしかすると、ここで数字を持ち出すことに抵抗感を覚える人もいるかもしれません。それこそ殺人を粗雑にカテゴリー化し、犯罪者の真実の姿を覆い隠してしまうものだ、と。

もちろん、本書の根底にあるのは後者のアプローチです。統計データを駆使し、日本で発生した殺人事件を細かく分類していくことで、やがて見えてくる傾向や問題点。意外かもしれませんが、そこにもやはり犯罪者の真実があります。それも、有無を言わさぬ残酷な現実が。

著者は司法研修生に向けの統計資料を参照しつつ、殺人事件をいくつかのカテゴリーに分けていきます。嬰児殺し、尊像殺人、配偶者殺し、心中。と、ここまで挙げた例でも朧に見えてきますが、殺人における被害者の過半数は加害者の親族です。そしてこの事実からは、加害者の大半は被害者の遺族でもある、という無慈悲な帰結が容易に導き出されてしまします。

メディアが報じる被害者遺族は、基本的に加害者とはまったく無関係の遺族です。そのイメージがあまりにも強烈すぎて、私たちは身内を殺害するという事件の存在を忘れてしまいがちです。著者の分類はさらに進み、たとえば配偶者/恋人間の場合、「別れたい側が殺す」ことよりも「別れたくない側が殺す」ことの方が多いという統計データも示してくれます。本書の筆致は淡々としてますが、その奥には色恋をめぐる男女の悲痛な姿がほの見えるのです。