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『i-新聞記者ドキュメント-』解説・考察:世界に対して素直であること

望月衣塑子『新聞記者』のあとがきで引用されているガンジーの言葉。この短い文言こそが、本作『i-新聞記者ドキュメントー』のすべてを言い表しているような気がしてなりません。

あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである。

マハトマ・ガンジー

多くの人々が自分を「変えること」を希求している世の中にあって、むしろ重要なのは自分が「変わらないこと」です。そして何より恐ろしいのは、自分が「変わった」という事実に気付かないことでしょう。そうならないために、私たちは"個"として世界に対峙し、自分自身を疑い続ける必要があります。

本作のようなドキュメンタリー映画は、自分自身が「変わらない」ための尺度となるはずです。

作品のポイント

  • 劇映画『新聞記者』のモデルとなった望月衣塑子の活動を追うドキュメンタリー作品。
  • 監督を務めるのは、これまでもメディアのあり方を問う作品を発表してきた森達也。
  • 望月と官房長官のバトルだけでなく、記者会見への潜入を試みる森の攻防にも注目。

『i-新聞記者ドキュメントー』作品概要


オウム真理教事件を扱った『A』(1997年)や佐村河内守を題材にした『FAKE』(2016年)で知られるドキュメンタリスト・森達也。その最新作は、東京新聞記者・望月衣塑子の活動に迫ります。

本作の公開に先駆けて、望月によるノンフィクションを原案とした劇映画『新聞記者』が2019年6月に公開されています。同作品を手掛けたプロデューサー・河村光庸の企画製作により実現した本作は、2020年11月に封切られ、同年のキネマ旬報ベストテンでは文化映画ベスト・ワンに選ばれることになりました。

社会部の記者でありながらも定例の官邸記者会見に出席し、菅義偉官房長官に対して攻勢的な質問を繰り返す望月衣塑子。本作の撮影は2018年12月から2019年7月にかけて行われ、辺野古基地移設や森友・加計学園といった問題を追及する彼女の姿が映し出されます。

『i-新聞記者ドキュメントー』あらすじ

東京新聞社会部記者・望月衣塑子。彼女の存在に注目が集まるようになったのは、2017年6月に出席した菅義偉官房長官の定例記者会見でした。当時問題となっていた森友・加計学園問題や伊藤詩織さんの準強姦事件について、菅官房長官に攻勢の質問を続けた彼女の姿がメディアで大きく取り上げられたのです。

それまで予定調和で行われていた記者会見のタブーを破った望月記者は、その後も繰り返し質問を続けます。2018年12月には官邸側から「東京新聞記者の問題行動」を批判する内容の通達が出されることに。さらには彼女だけが会見での質問数に制限をかけられるなど、ジャーナリズムの根幹を揺るがす事態にまで発展するのでした。

『i-新聞記者ドキュメントー』の作中では、2019年に問題となった以下の事件が描かれます。

  • 辺野古新基地移設問題
  • 伊藤詩織さん 準強姦事件
  • 森友学園問題
  • 加計学園問題

こられの問題に対する取材とともに、質問制限を受け続ける官邸記者会見での攻防劇も描かれます。さらには記者会見場への立ち入りを試みる森監督自身の奮闘劇も加わり、日本特有の組織「記者クラブ」が抱える問題が浮き彫りにされていきます。

『i-新聞記者ドキュメントー』解説・考察

森達也監督の一貫したスタイル

異端の新聞記者である望月衣塑子の活動に迫ったドキュメンタリーです。彼女が官邸記者会見における暗黙の了解を破り、菅官房長官に対して歯に衣着せぬ質問を繰り返してきたことは、もはや周知の事実かもしれません。とはいえ、こうして密着取材の形でカメラが回されたのは初めてのことと思われます。

監督を務めた森達也は、寡作ながらも優れたドキュメンタリー映画を世に送り出してきた人物です。彼が最初に注目を浴びたのは、オウム真理教事件を取り上げた『A』(1997年)でした。地下鉄サリン事件以降の同教団の内情、とりわけ広報副部長だった荒木浩にフォーカスを当てたこの作品は、一部の批判を含めて大きな反響を呼びました。

『A』の何が画期的だったのかと言えば、それは単に「オウム真理教の内部を撮影した」ことではありません。そうではなくて、「オウム真理教の内部からマスメディア(と大衆)を撮影した」ことにあります。教団に対して過熱した報道を行っていたマスメディアを、森監督は内部の側から相対化してみせた訳です。

実際、当時の教団に密着すること自体は難しいことではなかったようです。教団側の取材許可は簡単に下りたのですが、森監督の契約していた製作会社の方がストップをかけてしまった。結局、彼は興行的な見込みが立たない状態で撮影せざるを得なくなりました。

マスメディアに対する異議申し立て

その後も森監督は、アレフ改称後の教団を取材した『A2』(2001年)や、ゴーストライター問題で知られる佐村河内守に迫った『FAKE』(2016年)などを発表しています。いずれの作品でも、森は一貫してマスメディアに対する異議申し立てを行ってきた訳です。

したがって、森監督が望月記者のドキュメンタリーを撮るというのは、ある意味では必然だったのかもしれません。むしろ彼以外に適役はいなかったとさえ言えるでしょう。私たちの期待に応えるように、本作でも望月衣塑子という一人の人間を通して、旧態依然の「記者クラブ」を巡るメディアの問題が浮き彫りにされました。

これから鑑賞される方に断っておけば、本作はリベラルや保守といった枠組みに収まる作品ではありません。(ドキュメンタリストとしての)森達也のスタイルは概して中立的なものであり、語弊を恐れずに言えば、それは望月衣塑子も同じです。森友学園問題で渦中の人となった籠池夫妻であれ、出会い系バーが通いが騒がれた前川喜平であれ、作中で描かれるのは一個人としての魅力です。

徹底してニュートラルな立場から森監督はメディアのあり方を問いただし、望月記者は菅官房長官への質問を繰り返します。両者はただひたすらに世界に対して素直であるのかもしれません。けれども、その態度こそが、虚実の混濁したこの世界を生き抜くための、たったひとつの方策であるように思えます。

関連作品:『311』(2011年)


森達也監督と『A』のプロデューサーとして知られる安岡卓治、『Little Birds -イラク 戦火の家族たち-』で知られる綿井健陽、『花と兵隊』の松林要樹らの共同監督によるドキュメンタリーです。

震災直後、彼ら4人のドキュメンタリストは被災地に足を踏み入れました。映し出される被災地の状況や、インタビューを通して伝わる遺族たちの感情。作品のラスト、発見された遺体へとカメラが向けられたことで、監督は被災者から激怒されることになります。

ここには、すべてのドキュメンタリー作家が意識せざるを得ない、カメラの持ち手としての問題が表出しています。言うまでもなく、ここでの森監督は『A』や『A2』で批判していたメディアの側に立っています。煩悶する彼の姿がカメラの被写体となったことで、図らずもその現実が主題化されてしまったのです。

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