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作品のポイント

  • 若き才能を持ったグザヴィエ・ドラン監督の鮮烈なデビュー作。
  • 母を憎悪する16歳の少年を、極彩色の映像とポップな音楽、詩的な言葉で描き出した。
  • 母についての物語でありながら、同時に「父性」も感じさせてくれる。

『マイ・マザー』作品概要

『マイ・マザー』(J'ai tué ma mère)は2009年のカナダ映画です。 『わたしはロランス』(12年)で知られるグラヴィエ・ドランのデビュー作で、当時19歳にしてカンヌ国際映画祭での上映を果たしました。

脚本はドランが16歳の時に執筆したもの。子役として活動していた彼は、本作の企画をケベック文化産業促進公社(SODEC)とテレフィルム・カナダに持ち込みます。一度は出資を断られますが、後にSODECから40万ドルの出資を受け、執念で制作へとこぎつけました。

主人公を演じるのはグザヴィエ・ドラン自身。その母親役をアンヌ・ドルヴァル、友人役をフランソワ・アルノー、教師役をスザンヌ・クレマンが演じています。

母親を憎悪する高校生ユベールが主人公。相反する感情自由への逃避内面的な葛藤魂の叫びが、感性的で極彩色の映像表現とともに物語られます。

『マイ・マザー』あらすじ

16歳の高校生ユベールは、母親のシャンタルをひどく嫌悪していました。父親はユベールが幼い時に別れたきりで、以降は母と子の二人暮らし。思春期のユベールにはシャンタルの性格や仕草のすべてが目につくようで、ことあるごとに喧嘩をしています。

その日も、送迎する車の中で二人は口論を始めます。怒ったシャンタルに途中で降ろされてしまったユベール。学校で両親に関するレポートの宿題を出されると、「母は死にました」と嘘をつくのでした。やがて自分が殺されたことを知ったシャンタルが、金切り声で学校に乗り込んできます。

ユベールの懊悩を見てとった教師のエレーヌは、彼のよき相談相手となることに。一方、シャンタルはママ友からユベールが同性愛者である事実を突きつけられます。ますます親子の溝は深まり、ユベールは家出。恋人のアントナンやエレーヌの家を頼りにします。

シャンタルと別れた夫が相談した結果、ユベールは寄宿学校へ送られることになりました。そこで親しくなったニールとドラッグを決め込んだユベールは、興奮状態で母のもとへと駆けつけます。

「僕たちはもっと話し合わなきゃ」「愛している」と吐露するユベールと、そんな彼を優しくなだめるシャンタル。二人の関係は一歩前進したかのように見えましたが、シャンタルの申し出によって、ユベールは次年度も寄宿学校に籍を置くことに。

追い詰められたユベールのとった行動が、ふたたび母子を向き合わせることになります。

『マイ・マザー』解説・考察

トリュフォーよりも早熟な19歳

俳優のマヌエル・タドロス(本作にもアパートの管理人役で出演しています)を父に持ち、幼少期から子役として活躍していたグザヴィエ・ドラン。パスカル・ロジェ監督のホラー映画『マーターズ』(08)に出演しているほか、フランス語の吹き替え声優として『ハリー・ポッター』シリーズ(01年~)のロン・ウィーズリーを演じるなどしています。

『マイ・マザー』はそんなドランが当時の稼ぎのすべてをつぎ込み、それでも足が出た分は自ら出資者を募ってまで完成へとこぎつけた一作です。そこには彼の荒々しくも艶やかな感性が炸裂しており、処女作とは思えない力量があらわれています。

原題は「僕は母を殺した」(I Killed My Mother)ということで、主人公は母親に対して愛憎の念を抱いている高校生です。一部に監督の自伝的な要素を含んでいるとされますが、ドラン自身の母親は作品を気に入っているとのこと。たしかにオイディプス的な主題ですが、『サイコ』(60年)のように実際に殺害するわけではありません。

ヒッチコックというよりも、その内容は明らかにフラソワ・トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』(59年)を彷彿とさせます。主人公が教師に向かって「母は死にました」と嘘をつく場面や、都会を離れて田舎へと向かう構成、そして海辺をバックに物語の掉尾が飾られる点など、細部にその影響を認めることができるはずです。

ちなみに、トリュフォーがこの作品で長編デビューを飾ったのは27歳のとき。俳優としても活躍したオーソン・ウェルズが『市民ケーン』を撮ったのは25歳のときなので、19歳でデビューしたグザヴィエ・ドランが映画史的にもいかに早熟であるかがうかがえます。

母性の物語と父性の映画

トリュフォーの話を出しましたが、たしかにドランをフランス映画(あるいはフランス語圏の映画)の文脈に位置づけることも不可能ではありません。賛否両論あれど、近年の若手作家、たとえばアラン・ギロディギョーム・ブラックといった監督に比肩しうる個性を放っています。

先ほど触れたように、『マイ・マザー』で描かれているのはオイディプス的な親子の主題であり、そこには大陸らしい価値観があらわれています。

主人公ユベールは片親であり、すでにして物語は父を喪失しています。シングルマザーのつねとして、シャンタルは母性父性の両方を引き受けなければなりません。母として息子を受け入れ、父として息子を否定する。それはまったく困難を極める話で、結局、シャンタルは母としても父としても失敗し続けます。

いっそのこと両方とも放棄すればいいのかもしれませんが、そうなるにはユベールの社会的な成熟を待たないといけない。劇中で教師のエレーヌが引用しているように「母親は息子の友達になれない」とコクトーも言っています。

そんなエレーヌのなかに、ユベールはシャンタルの代わりとなる母性を見出します。彼女もまた父親と折り合いが悪いようで、問題児のユベールに対して親近感を覚えている。明示的ではありませんが、上裸の彼に手を添えていたところを見ると、そこには恋愛感情も芽生えていたのかもしれません。

それならば、この物語の父性はどこに行ったんだ、と考えてみたくもなります。いや、そもそもフランス映画的なものに父性など必要ないのかもしれません。『大人は判ってくれない』の継父が薄情で不甲斐ない存在だったように、否定したり乗り越えたりする対象がなくても、物語は十分に成立するわけです。

けれども、この『マイ・マザー』は(そのタイトルとは裏腹に)ほかでもない父性の物語であるように感じられます。主人公には何かを乗り越えようとする明瞭な意志があって、その大きな衝動が芸術を通して描かれている。時折モノクロームの映像で挿入される独白が、主人公の見えざる父に対する心境告白であるようにも思えてしまうのです。

ひとりの芸術家のデビュー作として、これほど初心表明に相応しい作品はありません。

グザヴィエ・ドラン監督のまとめ記事はこちら。経歴や関連キーワードとともに、全作品を完全解説しています。

関連作品:『大人は判ってくれない』(1959年)


1950年の終わりから1960年代にかけて、フランスでヌーヴェル・ヴァーグと呼ばれる映画運動が沸き起こりました。ジャン=リュック・ゴダールフランソワ・トリュフォーをはじめとする若手作家たちが、こぞって従来の常識を覆すような作品を撮り始めたのです。

彼らに共通する特徴として、スタジオ撮影ではなくロケ撮影を好んだことが挙げられます。ゴダールもトリュフォーも映画批評家の出身であり、そもそも撮影所での経験を積んでいなかったわけです。それでも冷めることのない映画への情熱が、彼らをカメラ片手に街中へと飛び出させることになりました。

グザヴィエ・ドランもまた、教育機関や撮影所を経ることなく商業デビューを果たしました(子役ではありましたが)。映画批評家である親戚のコネで試写会に足を運び、数多くの作品を鑑賞し、その技術を盗んだようです。