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『ジョジョ・ラビット』あらすじと解説・考察:ヒトラーとユダヤ人が同居する倫理

差別や抑圧を描いた映画は批評的にも評価されることが多く、毎年賞レースを賑わせてくれます。

今回紹介する『ジョジョ・ラビット』も、アカデミー賞では作品賞にノミネートされた作品。第二次世界大戦末期のナチスドイツを舞台に、愛国少年とユダヤ人少女との絆が描かれます。

解説の項目では本作を通して倫理の問題を考えています。当ブログにできることは問題提起をするだけ。皆さんはどう思われますか?

作品のポイント

  • 戦時下のドイツを舞台に、ナチスに傾倒する少年とユダヤ人の少女の絆を描く。
  • 原作には登場しないヒトラーをワイティティ監督自身が演じ、アカデミー脚色賞を受賞。
  • ヒトラーとユダヤ人という危険なイメージを近接させたことに倫理的な違和感も。

『ジョジョ・ラビット』作品概要


『ジョジョ・ラビット』(Jojo Rabbit)は2019年のアメリカ映画です。

監督はニュージーランド期待の新星タイカ・ワイティティ。『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017年)の成功で名を馳せた監督であり、2021年に公開予定の続編『マイティー・ソー ラブ&サンダー』も手掛けることが発表されています。

もっと詳しく
タイカ・ワイティティは1975年ニュージーランド出身の映画監督です。コメディアンや俳優として活躍した後、喜劇映画の製作に乗り出しました。
当初は短編作品を中心に発表し、2003年の『Two Cars, One Night』がアカデミー賞短編映画賞にノミネートされるなど、当時から高い注目を浴びていました。
その後は長編作品にシフトし、現代社会に生きるヴァンパイアの日常を切り取った『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』(2014年)などを発表しています。

原作はニュージーランドの作家クリスティン・ルーネンズの小説『Caging Skies』。ただし映画化に際し変更が加えられています。

主要キャストとして、タイトルロールである主人公・ジョジョを撮影時11歳だった子役ローマン・グリフィン・デイヴィスが演じています。彼は本作でゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートされました。

ヒロインとなるユダヤ人の少女・エリザを演じるのは、『足跡はかき消して』(2018年)のトーマサイン・マッケンジー

さらに、ジョジョの母親・ロージー役としてスカーレット・ヨハンソンが出演。2019年は『マリッジ・ストーリー』でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされている彼女ですが、本作でも同助演女優賞にノミネート。結果的にどちらも受賞を逃しましたが、二作品でのノミネートは話題になりました。

また、ジョジョの想像上の友人として登場するヒトラーには、ワイティティ監督自身が配役。キャリアの当初はコメディアンや俳優としても活躍した彼。その経験を活かし、原作には登場しないヒトラーのキャラクターをコミカルに演じています。

初上映されたトロント国際映画祭では観客賞を受賞。同年のアカデミー賞には6部門にノミネートされ、このうちの脚色賞を受賞しています。

『ジョジョ・ラビット』あらすじ

第二次世界大戦末期のナチス・ドイツ。10歳の少年ヨハネス・"ジョジョ"・ベッツラーは、母親のロージーと二人で暮らしていました。出征した父親は音信不通で、姉はインフルエンザで死去。ジョジョは想像上の友人アドルフ・ヒトラーと話すことで孤独を紛らわせていました。

ヒトラーユーゲントの訓練合宿に参加することになったジョジョでしたが、優しい性格が災いし、教官からは馬鹿にされる始末。空想上のアドルフに勇気づけらますが、奮起しすぎて手榴弾の投擲に失敗。顔と足に重傷を負ってしまうのでした

勇敢な母親ロージーの抗議もあり、ジョジョは体に負担をかけない範囲で奉仕活動をすることになります。ある日、帰宅したジョジョは亡くなった姉の部屋で隠し扉を発見してしまいます。中にいたのはユダヤ人の少女エルザでした。反体制派のロージーが彼女を匿っていたのです。

驚いたジョジョはジェシュタポに知らせようとしますが、エルザは「通報すればあなたも家族も死刑よ」と脅します。仕方なく彼女の安全を約束するジョジョでしたが、交換条件として「ユダヤ人の秘密」を教えてもらおうとします。ユダヤ人について調べた本を書き上げ、ヒトラーユーゲントに提出しようと考えたのです。

こうして、ジョジョとエルザの秘密の対話が始まります。エルザの明かすユダヤ人の正体は、ジョジョが聞いていた話とは異なるものでした。愛国少年だったジョジョは考えを改めるようになり、エルザ自身にも好意を寄せるようになっていきます。

そんな中、戦争は最終局面を迎えていました。秘密警察がジョジョの家の捜索に訪れ、エルザは見つかりそうになります。緊迫する物語は意外な方向へと進んでいくのでした。

『ジョジョ・ラビット』解説・考察

映画における倫理の問い

映画の描くフィクションが倫理を超えることは許されますが、映画そのものが倫理を超えることは許されません。昨今では差別や抑圧を描いた作品が多く見られるようになりましたが、監督の意図とは別の次元で、イメージが倫理的な一線を踏み越えてしまうことは往々にしてあります。

特にユダヤ人というのは、映画史の中でも慎重に扱われてきた被写体です。かつてスティーヴン・スピルバーグが『シンドラーのリスト』(1993年)で描いたのは、ナチスドイツによって虐殺されるユダヤ人の姿でした。ホロコーストの主題と向き合った本作は批評家からも高い評価を受け、アカデミー賞でも主要7部門を制覇しています。

そんな『シンドラーのリスト』を辛辣に批判したのが、フランスの映画監督クロード・ランズマンでした。彼は『ショア―』(1985年)という9時間30分の長編ドキュメンタリーで、ホロコースト関係者へのインタビューを行ったことで知られています。

クロード・ランズマンの批判

ランズマンは『シンドラーのリスト』の何を批判したのでしょうか。それは本来なら描くことが困難な「ホロコースト」という出来事が、安易なメロドラマに仕立て上げられてしまったことでした。

大量虐殺の記録は映像として残っていませんし、生存者は固く口を閉ざしている。いわば決定的な断絶の中にある「ホロコースト」という出来事が、ドイツ人実業家シンドラーという一人の主人公の目線で語られた訳です。確かにそれは感動を呼ぶ物語ですが、ユダヤ人の大量虐殺という歴史を歪曲するものだ。と。

ランズマンは「ホロコースト、不可能な表象」という文章の中で次のように書いています。

問題は、この映画が曖昧で危険でさえある場面に満ち満ちていること、これらの場面はピンセットを使って処理すべきであったのに、スピルバーグはそれをしなかったということだ。

「ホロコースト、不可能な表象」高橋哲哉訳/『「ショアー」の衝撃』所収

もちろん、ランズマンの批判が絶対ではありません。例えメロドラマの形であったとしても、スピルバーグは忘却の彼方にあったホロコーストを復元してみせた訳で、そこに一定の評価は下されて然るべきかもしれない。

しかし、上で引用したように、戦時下のユダヤ人を映画で描くことが「ピンセットを使って処理すべき」問題であることは、現在でも胸に刻まれるべき事実だと思います。

『ライフ・イズ・ビューティフル』

本題の『ジョジョ・ラビット』に話を移します。前半はコメディタッチで描かれるこの作品、親子の絆が描かれることから『ライフ・イズ・ビューティフル』(1997年)を想起する方も多いのではないでしょうか。

ライフ・イズ・ビューティフル
『ライフ・イズ・ビューティフル』はロベルト・ベニーニ監督による1997年の映画です。ユダヤ系イタリア人の親子を主人公に、ホロコースト下の強制収容所で希望とともに生き抜く姿を描きました。主役をベニーニ監督自身が務め、アカデミー賞では主演男優賞ほか、作曲賞。外国語映画賞を受賞しています。

とはいえ、本作の主人公ジョジョはドイツ人で、しかもナチスの思想教育にどっぷり漬かった愛国少年。父親は不在のようで、代わりに彼は「想像上の友達」としてヒトラーを作り出し、孤独を紛らわせています。

一つ断っておけば、ヒトラーが登場するという設定は原作小説にはありません。ワイティティ監督が独自に肉付けし(アカデミー賞では脚色賞を受賞しました)、自らコミカルな総統の役を演じている訳です。

ジョジョはヒトラーユーゲントの訓練合宿で重傷を負い、ますます自信を失ってしまいます。そんな彼が家の隠し扉を開けてみると、そこにはユダヤ人の少女が息を潜めてのです。どうやら反体制派であるジョジョの母親が匿っていたようで、愛国者であるジョジョは秘密警察に通報しようとする。

しかし、エルザと名乗る少女は彼を脅すわけです。「通報すればあならも母親も死刑よ」と。こうしてジョジョはエルザと秘密の対話を始めることになります。

「ピンセットを使って処理すべき」問題

アカデミー作品賞にもノミネートされた本作ですが、高評価の理由には社会的な風刺が効いていることが考えられるでしょう。トランプを筆頭に右派政権が台頭し始めている世界情勢を、本作が反映していることは間違いありません。

この点において、ワイティティ監督が自らヒトラーに扮したことは功を奏しています。彼は主人公ジョジョが打倒すべきナショナリズムの象徴として、チャップリンの『独裁者』(1940年)よろしく滑稽な姿を演じてみせる訳です。

無論、こうした試みはリスクも生じます。これこそ上の項目でランズマンが述べた「ピンセットを使って処理すべき」問題です。『帰ってきたヒトラー』(2015年)もそうでしたが、いくら作品に道徳的・感動的なメッセージを含ませたところで、史実を歪曲していると批判されればそれまで。以前に比べるとナチスドイツの表現も緩和されましたが、依然として慎重な態度が求められる訳です。

しかし、真にランズマン的な問題は別のところに存在するように思えます。仰々しい言い方をすれば『ジョジョ・ラビット』という作品の倫理的な評価を左右する問題です。

ユダヤ人とヒトラーの隣接

それは迫害されたユダヤ人の少女とアドルフ・ヒトラーが、映画的な空間で隣接してしまった事実にほかなりません。

もちろん、この映画のヒトラーは少年ジョジョが描き出した妄想です。彼とユダヤ人の少女エルザが対話することはありませんし、できるはずもない。しかし、一人の孤独な少年の目線を通して、少なくとも二人のイメージは近接しています。

この事実は決定的です。本作がブラックコメディであるとかそういった次元の話ではなく、その倫理の是非を巡って心がざわつく問題です。

当ブログのルールとして映画の批判は行いませんが、それでも問題提起はします。果たして『ジョジョ・ラビット』という作品の主題は、真に倫理的といえるのでしょうか?

ぜひ劇場に足を運び、皆さん自身の観点で判断してみてください。

次に観るのは:『帰ってきたヒトラー』(2015年)


ドイツでベストセラーとなった風刺小説を実写化した作品です。アドルフ・ヒトラーが現代にタイムスリップし、TVプロデューサーの御膳立てで人気スターとなってしまう物語。

オリヴァー・マスッチ演じるヒトラーは、実際にベルリンの街を歩いて撮影を行ったそうです。2015年には『我が闘争』がパブリックドメインとなり、ドイツでも容易に手に入るようになりましたが、ヒトラーに対する国民の関心も変化しつつあるようです。