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加藤幹朗『映画館と観客の文化史』:VOD時代の映画史とは?
本書のポイント
「作品論」や「作家論」ではなく、これまで見過ごされてきた「観客」と「映画館」を論じる画期的な論考。

『映画館と観客の文化史』概要

加藤幹朗『映画館と観客の文化史』中央公論新社、2006年。

著者の加藤幹朗は1957年生まれの映画批評家・映画学者。京都大学博士(人間・環境学)、現在は京都大学名誉教授。

著書に『映画とは何か 映画学講義』(2015年、文遊社)『荒木飛呂彦論』(ちくま新書、2014年)など多数。

『映画館と観客の文化史』解説

観客と映画館を論じる画期的な論考

じっさい映画の歴史は、あまりにも長いあいだ作品と作家の歴史でありつづけてきた。映画史は観客と彼あるいは彼女がつどう映画館の歴史をあまりにも長いこと抑圧し、隠蔽してきた。映画館と観客の二項は映画史において必要不可欠な要素でありながら、語られることは稀であった。

『映画館と観客の文化史』24頁。

これまでに映画について書かれてきた文章のほとんどは、「作品」を論じるものでした。あるいは作品の担い手である「作家」、つまり「監督」を論じるものでした。

これって一見すると当たり前のことのように思えます。例えば音楽の話に置き換えてみると、私たちは自分が好きな「曲」や「アーティスト」について語ることができますし、の話に置き換えてみると、同様に「内容」や「著者」について語ることができるはずです。

けれども、これが「映画」となると少し毛色が違ってくる訳です。一般に映画の誕生は1895年、リュミエール兄弟による映写機「シネマトグラフ」の発明にまで遡ると言われています。このとき上映された短編作品、たとえば『工場の出口』や『列車の到着』といった有名な作品は、今日では容易にアクセスすることができるはずです。

関連作品:『リュミエール!』(2016年)
2016年に公開された『リュミエール!』は、そんなリュミエール兄弟へのオマージュが捧げられた映画です。彼らが製作した1422本のフィルムの中から珠玉の108本を厳選。ナレーション(日本語版は立川志らくが担当)付きでその真髄を味わうことができます。⇒U-NEXTで鑑賞する

さて、今日の私たちが『工場の出口』や『列車の到着』を観るとき、それは125年前の観客と全く同じ条件で観ていることになるのでしょうか?

もちろん違います。1895年の観客がパリにあるホテルの地階で観たのとは違って、現代に生きる私たちは整備された劇場、あるいはテレビや(上記の『リュミエール!』のように)PCの画面上で鑑賞するはずです。

この鑑賞環境の差異を無視することはできない、というのが著者のスタンスであり、本書は一貫して「観客」と「映画館」の歴史が紐解かれていくことになります。

映画の起源「パノラマ館」


本書によれば、映画館の原点は「パノラマ館」にあったといいます。パノラマというのは絵画のジャンルの一つなのですが、円筒形の壁面全体に風景画を描いたものを指します。鑑賞者は360°ぐるりと絵を見渡すことになり、あたかもその風景の中に立っているように感じられる訳です。

外界から遮断された空間に入場し、視覚的な異世界へと没入する。それは当然、映画館の観客を想起させることになります。18世紀末から20世紀初頭にかけて世界各地で作られたパノラマ館ですが、その表象的な地位は映画館へと継承されたということになります。

話が脱線しますが、ちょうど最近、サム・メンデス監督の新作『1917 命をかけた伝令』が公開されました。全編ワンシーン・ワンショットの(実際には編集で繋げているそうなのですが)戦争映画ということで、批評的にも興行的にも大きな成功を収めた作品です。

同じような戦争映画として、2017年にクリストファー・ノーラン監督が発表した『ダンケルク』を引き合いに出す人もいるのではないでしょうか。「戦争映画」という手垢のついたジャンルをアップデートしたという点で、両者を比較検討することには一定の意義があります。

『ダンケルク』が実践してみせたのは、巧みなモンタージュ(カットの組み合わせ)によって異なる時間軸の物語を分解し、一本の線上に再構築することでした。傑出した脚本家でもあるノーラン監督の手腕が遺憾なく発揮され、観客は時間性を見失うかのような感覚に襲われます。

とはいえ、ある意味『ダンケルク』の手法は古典的といえます。モンタージュによって世界を再構築し観客の同一化を促す、というのは映画におけるクリシェのようなもので、巧みではあっても真新しさはありません。

それでは『1917』はどうなのかというと、その手法は原初的=パノラマ的といえます。古典的な映画は編集技法によって観客を異世界に没入させましたが、パノラマ館は360°の視界を与えることによって鑑賞者を異世界に組み入れました。モンタージュを使わずとも、映画のスペクタクル性が十分に実現可能であることが証明された訳です。

さらに言えば、パノラマ館の画題の多くが「戦争」だったことも、『1917』との結びつきを強く感じさせます。この作品が持っているような現代のスペクタクル性(それはVR的とも形容できます)は、映画の起源へと立ち返るものなのかもしれません。

リュミエール映画史観

もう一つ、本書の論考の中で気になったのが「リュミエール映画史観」という言葉。ざっくり言えば、「映画の起源をリュミエール兄弟が発明したシネマトグラフに求める」歴史観のことでしょう。すでに紹介したように、このシネマトグラフが初上映されたのは1895年。この年が映画史の端緒であり、2020年の今年は映画の誕生から125年目にあたることになります。

シネマトグラフが当時の人々に驚きをもって迎えられたことは言うまでもなく、初めて『列車の到着』を観た人々がスクリーンの光景に驚いて逃げ出した、なんて逸話もあるくらいです。

このリュミエール映画史観というのは、もちろん一つの見方としては正しいに違いありません。しかし、そこには大きな功罪があると著者は述べています。それは映画史において「映画館」という存在が自明のものとなってしまった、ということにほかなりません。「映画は暗い部屋の中で四角いスクリーンに投影されるものだ」という固定観念が広まった訳です。

いや、「そんなのは当たり前じゃないか」と思う人もいるかもしれません。いつの時代も映画は映画館で観られてきたものだ、と思うかもしれない。けれども、それは些かドグマティックな判断であると言えるかもしれません。

というのも、映画史を少し紐解いてみれば、映画が映画館から解放された場所で上映された例は枚挙に暇がないからです。本書の記述に沿って並べれば、例えば以下のような上映形態がありました。

ヴォードヴィル劇場

映画史の最初期(1896~1904年)には、映画はショー劇場で歌やダンス、コント、奇術などのパフォーマンスと一緒に上映されていました。

ドライヴ・イン・シアター

今ではすっかり見かけなくなりましたが、1930年代から70年代にかけて、車から降りずに映画を観ることができる「ドライヴ・イン・シアター」が存在しました(日本で現存するのは熊本県にある「Drive in Theater Aso」のみ)。

屋外上映会

『ニュー・シネマ・パラダイス』でも描かれた屋外上映。毎年スイスで開催されているロカルノ映画祭では、ピアッツァ・グランデと呼ばれる8000人規模の屋外上映が人気を博しています。

今日の映画は「キネトスコープ」の再来なのか

こうして並べて見ると、映画が必ずしも映画館という箱に収まっていた訳ではないことが理解されます。そして何より、今日の時代においては映画作品を自宅のテレビやPCで観るという体験が増えてきています。映画館という装置を自明のものとするリュミエール史観に従えば、そうした鑑賞方法は真正性を欠いていることになってしまいます。

事実として、2018年にカンヌ国際映画祭からNetflix配給作品が締め出されたことは大きな議論を呼ぶことになりました。リュミエール生誕の地であるフランスでは、「映画とはスクリーンで観るものだ」という考えが根強く残っている訳です。

しかし、Netflixのような動画配信サービス(VOD)が全盛の時代にあって、私たちはもう一度このリュミエール史観を考え直す必要があるように思います。

実を言うと、リュミエールのシネマトグラフに先駆ける1891年、トーマス・エジソンによって「キネトスコープ」と呼ばれる上映装置が発明されていました。スクリーンに映写されるのではなく、大きな箱の中を覗き込む形で鑑賞するこの装置。仮にここから映画の歴史を語り直すとすれば、上で挙げたヴォードヴィル劇場から今日のVODに至るまで、私たちは新たな視点を獲得することができるのではないでしょうか?

それこそが、VOD時代における新たな映画の可能性であるように感じられます。