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作品のポイント

  • グザヴィエ・ドラン監督の第5作目は、発達障害の息子を持つ母の愛を綴った物語。
  • 独創的な正方形の画面から、親子の多彩な感情がポップな音楽とともに溢れ出す。
  • 多動症と吃音症という両極端な登場人物が、ひとつの画面に収まるという僥倖。

『Mommy/マミー』作品概要


カナダの若き俊英グザヴィエ・ドラン。その第5作となる『Mommy/マミー』(Mommy)は2014年に公開されました。前作『トム・アット・ザ・ファーム』にも携わったナンシー・グラントをプロデューサーに迎え制作された作品です。

主演はアンヌ・ドルヴァル。『マイ・マザー』で息子と対立する母親を演じた彼女が、本作ではまた異なる母の姿で戻ってきます。

その息子を演じたのはアントワン=オリヴィエ・ピロン。『わたしはロランス』に端役として出演していましたが、その後ドランが手がけたMV(アンディシーヌ「カレッジ・ボーイ」)を経て本作に抜擢されました。

発達障害の息子と母親の愛情を描いた作品で、画面アスペクト比が1:1であることも話題となりました。カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、パルムドールこそ逃したものの審査員特別賞を受賞しています(同時受賞はジャン=リュック・ゴダールの『さらば、愛の言葉よ』)。

『Mommy/マミー』あらすじ

架空の世界のカナダ。政権交代によって制定された新法案によって、発達障害の子を持つ親は、経済的理由などにより手続きなしで入院措置をとることができる権利が与えられました。

モントリオールに暮らすダイアン・デュプレ(ダイ)は、ADHDを持った息子スティーブを施設に入れていました。しかし、彼は放火騒ぎを起こしたことで退所処分を受けてしまいます。職員からは新法案に従って入院させることを提案されますが、彼女は自らの家に引き取ることを決めるのでした。

こうしてダイとスティーブの生活が始まります。早々に息子の問題行動に手を焼くダイでしたが、そこへ向かいの家に住むカイラが現れて助け舟を出します。心に傷を負って休職していた彼女でしたが、どうやらスティーブとは気が合うらしく、ダイとともに彼の面倒を見ることになるのでした。

しかし、数年前に夫を亡くしたダイは、スティーブを引き取ったことで経済的に困窮するようになっていました。そこに彼が起こした放火の被害者から訴状まで届き、治療費で生活が立ち行かなくなることに。ダイは自分に気がある近所の弁護士に援助を求めようとします。

ある晩、ダイと弁護士、そしてスティーブの3人は食事とカラオケに出かけます。弁護士の誘惑を受ける母の姿を見たスティーブは居場所を失い、ひとりマイクの前に立つことに。しかし、周囲の客たちから嘲笑の目を向けられ、ついに耐えられなくなった彼は喧嘩騒ぎを起こしてしまいます。

結局、弁護士の当てをなくしてしまったダイでしたが、諦めずに前へと進もうとします。そんな彼女を理解し、心の支えになろうとするカイラ。一方、母の心情を知ってしまったスティーブは、ある行動に出るのでした……。

『Mommy/マミー』解説・考察

独創的な正方形の画面アスペクト比

一般的な映画の画面アスペクト比は1.85:1(ビスタサイズ)か2.35:1(シネマスコープ)ですが、ドランが『Mommy/マミー』に用いたのは1:1、つまり正方形の画面です。一見すると奇を衒った演出のように思えますが、これが物語に合わせたものであることは間違いありません。余計な背景が切り取られることによって、登場人物たちの「個」がポートレートのように強調され、その微細な表情の変化が映し出されます。

これまでもドランはフレームの端に人物を寄せて対立を強調したり(『マイ・マザー』)、画面サイズを操ってサスペンス効果を与えたり(『トム・アット・ザ・ファーム』)試みてきました。いわば「インスタグラム」的と呼べる本作の手法も、既成観念にとらわれない彼ならではのアイデアといえます。さらに、劇中ではこの画面が2度にわたって横に広がります。近年ではウェス・アンダーソン監督が『グランド・ブタペスト・ホテル』で行った手法ですが、本作のそれは大きな解放感と感動をもたらすはずです。

この着想を得た直接のきっかけは、先にも触れたアンディシーヌ「カレッジ・ボーイ」のMV(これも正方形の画面)とのこと。そのときの撮影監督だったアンドレ・トュルパンと、正方形の画面の魅力について話したそうです。ちなみに、トゥルパンは次作『たかが世界の終わり』(16年)や『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』(18年)にも携わっており、その後のドラン作品には欠かせない人物となっていきます。

多動症と吃音症

このように特殊な画面アスペクト比を用いた『『Mommy/マミー』が、その独創性と引き換えに撮影上の困難をともなって生み出された作品であることは容易に想像がつきます。何よりこの物語は、あまりにも饒舌すぎる母子の愛を語る必要に迫られているのです。多動性障害を抱える息子スティーブが文字通り多動的な存在であることは言うまでもなく、少し目を離した隙に狭い画面の枠から姿を消してしまうことになります(一度目はカラオケバーで、二度目はスーパーマーケットで)。

多動的であるのは何もスティーブに限った話ではありません。口が悪く放縦な性格の母親ダイもまた、しばしば正方形の画面から消えてしまう存在です。とはいえ、彼女の場合は経済的に逼迫しているがゆえの行動であり、放火騒動の被害者に治療費を払うべく、金策に奔走します。

この饒舌な母子と対照的な存在が、向かいの家に住む女性カイラです。どうやら彼女は過去にトラウマを抱えているらしく(息子を失っていることが示唆されています)、そのことに由来する吃音症で休職を余儀なくされています。一緒に暮らす夫や娘とのコミュニケーションにも齟齬があるようで、ただひたすらに孤独な姿でダイの前に現れるのです。

多動症のスティーブ(ダイ)吃音症のカイラ。どちらか一方が他方に影響を及ぼすのではなく、まるでそうなることが決まっていたかのように、運命的な相互作用をもたらしていくのです。冒頭に映し出された法案が3人の不幸を予感させるなか、それでも僥倖が訪れるとわずかな希望を失わずに。

正方形に切り取られた『Mommy/マミー』の世界で、この3人がひとつの構図に収まる瞬間は幾度あるのでしょうか? もちろん画面がシネマスコープへと広げられるとき、解放された映像には3人の幸福な姿が映し出されます(劇中で2回)。と同時に、あと2回だけ、限定された正方形の画面のなかに3人が収まる瞬間が訪れるはずです。その瞬間こそ、グザヴィエ・ドランがこの作品を通して真に伝えたかった幸福だったのかもしれません。

グザヴィエ・ドラン監督のまとめ記事はこちら。経歴や関連キーワードとともに、全作品を完全解説しています。

関連作品:『オール・アバウト・マイ・マザー』(1998年)


スペインの映画監督ペドロ・アルモドバルも、ドランに負けず劣らず「母」の姿を描いています。彼の「女性賛歌三部作」の第1作として知られる『オール・アバウト・マイ・マザー』は、事故で息子を失った母親が哀しみを乗り越えていく物語。その力強さにどこまでも心が揺さぶられる一本です。