特集記事

U-NEXT
情念的な作風で知られるキム・ギドク監督ですが、時にその目は社会へと向けられます。今回紹介するのはギドク監督の記念すべき20番目の作品『殺されたミンジュ』(2014年)。

女子高生ミンジュが殺害された事件を巡って、その容疑者を次々に拉致・拷問していく謎の集団の暗躍が描かれます。民主主義の失調について深く考えさせられる、現代社会の寓話といえます。

作品のポイント

  • キム・ギドク監督の『春夏秋冬そして春』に出演したキム・ヨンミンが一人8役。
  • 「ミンジュ」とは殺された女子高生の名前であると同時に「民主主義」の意味も。
  • 激しい暴力描写を交えながら朝鮮戦争以降の韓国現代史を風刺。

『殺されたミンジュ』作品概要


2014年、キム・ギドク監督20本目の作品として『殺されたミンジュ』(일대일:ONE ON ONE)は公開されました。監督・脚本・制作・撮影・編集のすべてをキム・ギドク自身で行った野心作です。

また、原題の「イルテイル」「一対一」の意味。監督は「私たちが生きている社会は国民一人一人が尊重されている社会なのか?」という問いかけを込めたと語っています。

主演は『群盗』(2014年)のマ・ドンソク。その後は『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)などに出演しています。2020年にはマーベル・スタジオの新作『エターナルズ』にも出演予定とのこと。

さらに『受取人不明』(2001年)や『春夏秋冬そして春』(2003年)に出演したキム・ヨンミンが一人8役を演じたことでも話題となりました。

ある少女の殺人事件に関わった者たちが、7人組の謎の集団によって拉致され、拷問により自白を迫られるサスペンス。正義と悪の境界線は失われ、その結末に私たちの価値観は揺さぶられることになります。

『殺されたミンジュ』あらすじ

ミンジュという名の女子高生が何者かに殺されました。それから1年後、「シャドーズ」と名乗る謎の集団が、事件の容疑者を次々に拉致していきます。軍服や警官、暴力団の格好に扮し、7人の容疑者を拷問して自白を迫っていく「シャドーズ」の面々。

しかし、彼らの正体は何の変哲もない一般市民でした。恋人からDVに耐える女や、上司から罵倒される自動車修理工の男。米国に留学したものの、定職に就けず兄夫婦に養われているインテリ青年。いずれも社会から抑圧され、組織の活動を通じてその不満を晴らそうとしていたのです。

彼らを束ねるリーダーには、何か別の思惑がある様子でした。しかし、彼の残酷な拷問は次第に歯止めが利かなくなり、一部メンバーの反感も買うようになっていきます。

一方、拷問を受けた容疑者の一人である男は「シャドーズ」への復讐を計画していました。密かにメンバーを付け回し、彼らの正体を掴んでいく男。

果たしてリーダーの狙いは何なのか? 容疑者たちはなぜミンジュを殺したのか? 正義と悪が奇妙に交錯しながら、暴力の連鎖は続いていきます。

『殺されたミンジュ』解説・考察

歴史は7度も繰り返す

題名の「ミンジュ」は冒頭で殺される女子高生の名前であると同時に「民主」の意味も持っています。キム・ギドク監督はインタビューの中で、民主主義が衰退した韓国の現状を嘆いていました。

本作は、韓国の現在の政治状況を比喩した物語です。民主主義国家だと言われていますが、実際には全くそうではなく、人々は愚かな状況を受け入れながら生きています。

ギドクが「比喩」と語るように、この作品は様々な象徴性に満ち溢れています。例えば、ミンジュ殺害の容疑者を次々に拉致していく「シャドーズ」の格好。軍服であったりヤクザであったり警官であったり、果ては国家情報院のスパイに扮したりするのですが、これは韓国の現代史に流れる抑圧者たちのイメージです。

つまり、彼らは無自覚のうちに民主主義を放棄し、都合7回にわたって「抑圧者」の歴史を繰り返してしまう訳です。

これには「二度目は喜劇として」と語ったマルクスも唖然とするよりほかにありません。いや、シャドーズのメンバーは軍服や警官の格好を"楽しんでいる"ようにも見えるので、マルクスの「喜劇」という言葉は正鵠を射ています。

キム・ヨンミンの一人8役

フロイトの精神分析によると、人は無意識に幼児期のトラウマを繰り返すとされます(「反復強迫」)。子どもの頃に虐待を受けた親が、今度は自分の子どもを虐待してしまったりする訳です。こうした反復の例としてフロイトは幼児期の「いないいないばあ」遊びを挙げていましたが、シャドーズの場合はコスプレを通して歴史上のトラウマを反復してしまいます。

彼らは自らが憎んでいるはずの抑圧者へと歴史を遡行していってしまう。ミンジュを殺した容疑者たちと、徐々に近接していってしまうのです。暴力を辞さず、容疑者に罪の告白を強要する彼らの姿を見ていると、正義と悪の対立は容易に瓦解してしまいます。

さらに言えば、上記の点において、キム・ヨンミンの一人8役は物語の上でもトリックスター的であるように感じます。彼はシャドーズのメンバーであると同時に、シャドーズに拷問を受けた容疑者であり、さらにシャドーズの各メンバーを抑圧する関係者としても登場するからです。

言い換えれば、彼は正義であり悪であり、その両者でさえあります。7回の拷問が繰り返されていく過程で、キム・ヨンミンというイメージは方々に増殖していき、最後には画面の中で区別がつかなくなってしまうのです。

全体主義とポピュリズム

物語の中盤以降、シャドーズのメンバーは暴力に対して反省的な態度を示すようになります。エスカレートするリーダーの拷問に嫌気を覚え、集団は求心力を失ってしまう。

そもそも彼らは烏合の衆であり、社会に不満を持った個人の集まりに過ぎません。コスプレというゲームにも飽きてしまい、各自が直面している生活の問題へと戻ってしまいます。

ミンジュを殺した集団も、彼らに私刑を加えようとするシャドーズも、どちらも民主主義が失われている点では同じに見えますが、厳密に言えばそれぞれ異なる政治状況を比喩しています。つまり前者は上意下達の規律を持っている点で全体主義的であり、後者は運動の意味と目的を喪失している点でポピュリズム的です。

本作が公開されたのは2014年ですが、その後の世界にシャドーズ的な思想が蔓延していることは否めません。左派ポピュリズムが注目を集める昨今、その全てを一括りに論じることは不可能ですが、それでも『殺されたミンジュ』がポピュリズムへの警鐘を鳴らしていることは間違いないといえます。

とはいえ、シャドーズのリーダーだけは異なる思想を持っていることも事実です。彼は最後に自らの暴力を総括し、私たちに強烈なメッセージを残すことになります。それが何であるのかは、皆さんの目で確かめてみてください。

キム・ギドク監督のまとめ記事はこちら。経歴や関連キーワードとともに、全23作品を完全解説しています。

関連作品:『11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2011年)

U-NEXT
民兵組織「楯の会」を組織した三島由紀夫が、1970年11月25日に自衛隊の前で自決を遂げるまでの出来事を描きます。監督は『天使の恍惚』(1972年)などで知られる若松孝二。

『殺されたミンジュ』の主題とは必ずしも一致しませんが、社会や組織のあり方を考える上で比較になると思います。同監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2007年)とともに。

この作品はU-NEXTで観ることができます!
U-NEXTは見放題作品数がNo.1。レンタル作品も含めると170,000本以上のコンテンツを配信中。

さらに雑誌読み放題や毎月1,200円分のポイント付与といったサービスも利用可能で、月額料金は1.990円(税抜)。まずは無料体験に登録してみてください。