特集記事

U-NEXT
ポン・ジュノ監督は『母なる証明』(2009年)で狂気へと至る母親の姿を描きました。一方のキム・ギドク監督が描いたのは「聖母」としての母親像。今回はヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲得した『嘆きのピエタ』(2012年)を取り上げます。

過激な描写が賛否を呼ぶことが多いギドク監督ですが、本作もかなりセンセーショナル。とはいえ話自体は明確な筋を持っているので、初めてキム・ギドク監督に触れる方にはおすすめの作品です。

作品のポイント

  • 隠遁生活を送っていたキム・ギドク監督は本作で映画界に復帰した。
  • 「ピエタ」とは聖母子像の一種で、ギドク監督の宗教観が反映されている。
  • 中盤以降の衝撃的な展開に注目! 繰り返し母親の表情を見てほしい。

『嘆きのピエタ』作品概要


1996年のデビュー作『鰐~ワニ~』以来、ハイペースに作品を発表してきたキム・ギドク監督ですが、そのキャリアは2008年の『悲夢』で一度中断されています。撮影中の事故で女優が命を落としかけ、スランプに陥ったのでした。

この事故をきっかけに彼は3年間の隠遁生活を送りますが、その後ドキュメンタリー映画『アリラン』と実験映画『アーメン』(いずれも2011年)で再びカメラを回します。

そして2012年、この『嘆きのピエタ』(피에타:Pietà)で映画界への復帰を果たしたのです。

劇場公開に先駆けヴェネツィア国際映画祭で上映されると、韓国映画初となる金獅子賞を受賞。韓国国内でも観客動員数60万人を記録するなど好調の成績でしたが、ギドク監督は大作がスクリーンを占有する韓国映画界の現状を批判、自ら4週間で上映を打ち切った経緯があります

主要キャストとして、主人公ガンドを演じたのはイ・ジョンジン。モデル出身で、デビュー当時はペ・ヨンジュンに似ていると囁かれていました。本作の後はドラマ『百年の遺産』(2013年)などに出演しています。

また、ガンドの母を名乗る女性ミソンをチョ・ミンスが演じ、韓国で最も権威のある大鐘賞では主演女優賞を受賞しています。

闇金の取り立て屋をしている冷酷無比な男ガンドと、彼の前に突然姿を現した母親ミンス。二人の奇妙な関係が描かれます。

『嘆きのピエタ』あらすじ

闇金の取り立て屋をしている孤独な男ガンド彼は滞納する債務者を冷酷に痛めつけ、障害を負わせることで下りた保険金を回収していました。

ある日、彼の家に見ず知らずの中年女性が押しかけてきます。彼女は自らをガンドの母親ミンスと名乗り、これまで彼と会わなかったことを詫びるのでした。

ひざまずいて許しを請う彼女を冷たく突き放し、ガンドは取り立て屋の仕事を淡々とこなしていきます。彼が債務者を痛めつける様子を、黙って見つめるミンス。

怒りに駆られたガンドは自身の体の肉片をミンスに食べさせ、無慈悲に犯します。それでも彼を受け入れようとするミンスを目にし、ガンドの態度にも変化が見え始めました。

ついにガンドはミンスを母として認め、二人は温かい絆で結ばれます。しかし、ミンスには内に秘めている感情があるようでした。

『嘆きのピエタ』解説・考察

センセーショナルな復活作

1996年のデビュー以来ほぼ毎年のペースで作品を発表し続けてきたキム・ギドク監督ですが、2008年からの3年間はスランプに陥り、山で隠遁生活を送っていました。その後セルフ・ドキュメンタリー作品などを経て創作意欲を取り戻した彼は、この『嘆きのピエタ』で見事なカムバックを果たします。

復活作ということで、初心に戻る意図もあったのかもしれません。ミニマルで象徴的な構図やサディスティックな暴力表現は、初期の『魚と寝る女』(2000年)や『悪い男』(2001年)を想起させるものがあります。

同時に、本作は監督の宗教観が如実に現れている作品でもあります。青年時代は神学校に通い、牧師になることを目指していたというキム・ギドク。原点回帰をするにあたって宗教的な主題を選んだというのは、少なからず意義のあることだったのでしょう。

"ピエタ"が意味する宗教性

タイトルにある「ピエタ」とは、キリストを抱きかかえる聖母マリアの像のこと。最も知られているのはミケランジェロの作品で、ギドク監督もこのバチカンのピエタ像からインスピレーションを受けたと語っています。

ガンドの前に姿を現す女性ミソンが、この聖母のイメージと重ねられていることは言うまでもありません。ガンドの行為をすべて受け入れる彼女の母性は、どこか宗教的であるようにも感じられます。

印象的なショットはいくつか挙げられますが、例えばガンドと出会ったミソンが部屋に押し入る場面。無理やり扉へ手を差し入れた彼女は、ただ黙って部屋の片づけを始めるのです。

初めて訪れたにもかかわらず、そこは勝手知ったる他人の家。理由は分かりませんが、彼女はすべてを知っているかのように振る舞います。目には強固な意志を湛え、寸毫の疑念すら浮かべずに、ミソンは母としての正当な場所に立とうとする訳です。

ギドク監督の脚本はけっしてロジカルではありませんが、彼女の演技は理屈抜きで物語を正当化します。むしろ、そうしたロジックをねじ伏せてしまうという意味で、彼女は宗教的な存在なのかもしれません。

ミソンの母性は失われない

しかし、物語の中盤から事態は急展開をみせることになります。核心部分に触れるので詳述は避けますが、彼女は単なる母としてガンドの前に現れた訳ではありませんでした。その心のうちに秘めた意図が明らかとなり、私たちは大きな衝撃を受けることになります。

この展開によって、彼女の持っていた母性は失われてしまうのでしょうか? いや、それが何も変わらないんです。その黒く濁った真意が明らかになっても、不思議なことに彼女の魅力は損なわれない。実際のミソンはなかなか理知的な策士なのですが、それでも彼女の透徹した眼差しを見ていると、やはり神秘性を感じざるを得ません。

印象論になってしまうのですが、この作品を何度観返したとしても彼女の母性は保たれている気がします。結末を知っている以上、序盤のミソンには愛情などなかったとしか考えられない。にもかかわらず、彼女は相変わらず宗教的な存在で、ガンドに慈悲の心を持っているように見えてしまう。

一般的などんでん返しの作品であれば、真相を知った二度目は何かが変わって見える訳です。ところが『嘆きのピエタ』は何も変わらない。何も変わらないように思えることが、逆に怖ろしいと感じてしまう。ミソンは徹頭徹尾、ピエタ=聖母として慈悲を与え続ける存在なのです。

キム・ギドク監督のまとめ記事はこちら。経歴や関連キーワードとともに、全23作品を完全解説しています。

関連作品:『オールド・ボーイ』(2003年)

U-NEXT

キム・ギドクとは異なる形で、パク・チャヌク監督も壮絶な復讐劇を描いています。何者かに誘拐され15年間も監禁されていた男が、復讐のため奔走する物語。同じ復讐三部作『復讐者に憐れみを』(2002年)『親切なクムジャさん』(2005年)とともに。

この作品はU-NEXTで観ることができます!
U-NEXTは見放題作品数がNo.1。レンタル作品も含めると170,000本以上のコンテンツを配信中。

さらに雑誌読み放題や毎月1,200円分のポイント付与といったサービスも利用可能で、月額料金は1.990円(税抜)。まずは無料体験に登録してみてください。