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プラープダー・ユン『新しい目の旅立ち』書評:フィリピンの小島から哲学の小径へ

『新しい目の旅立ち』概要

『新しい目の旅立ち』、プラープダー・ユン著、福冨渉訳、ゲンロン、2020年。

プラープダー・ユン
1973年バンコク生まれ。14歳のときに渡米。美術の学士号を取得してデザイナーとして働いたのち、26歳で兵役のため帰国し、本格的に執筆活動を始める。2002年に短編集『可能性』が東南アジア文学賞の短編部門を受賞。現在は創作・エッセイの執筆で活躍する傍ら、バンコクで独立系出版社Typhoon Studioを経営。デザイナーとして活動しながらアート作品や映画も発表している。

『新しい目の旅立ち』著者紹介より

『新しい目の旅立ち』書評

未知の景色を見るための旅、ではありません。あるいは、よく言われるような「他者」と遭遇するための旅、でもない。そもそも「紀行文ではない」と著者が断っているくらいなので、その手のノンフィクション本を期待して繙くと、あっけなく裏切られてしまいます。そういったものではなくて、本書は「思考の旅の記録」である、と著者は最初に記しています。以下は日本語版の序文より。

ぼくにとっての『新たらしい目の旅立ち』は、一般的な手順で残された「旅の記録」ではなく、外的な要因をその原動力にした「内的」な旅の記録だ。他のこまごまとしたことよりも、哲学的な部分を多く含んだ自叙伝なのだ。

『新しい目の旅立ち』より

タイの作家であるプラープダー・ユンは、日本財団が主催するアジア・フェローシップによって、フィリピンの地を調査に訪れます。研究テーマは「汎神論」。彼は当初の計画通り、現地の自然に触れ、少数民族や美術家から話を聞きます。しかし、期待以上の知見を得ることはできませんでした。「見たいと思っていたもの以上のもの」を見ることは叶わなかったのです。

このままフィールドワークも失敗に終わるかと思われた矢先、彼は「黒魔術の島」の噂を耳にします。正式名称はシキホール島。フィリピン中部、面積340km2(名古屋市と同じくらい)の小島に、約80,000人の島民が暮らしています。そして通称の通り、このシキホールの魔女や祈祷師たちは、怪しい呪文を用いて人に危害を加えるらしい……。ということで、この島にアニミズム(精霊信仰)の影を見てとったプラープダーは、予定を変更してシキホールを訪れることに。ここから彼の「内的」な旅が始まります。

彼の書く小説(あるいは映画の脚本も)がそうであるように、本書の思索はポストモダンの多大な影響下にあります。〈人間〉中心主義からの脱却。言葉で書くと簡単そうですが、その実践は生半可なものではないはず。すでにこの世界のパースペクティヴに、「人間」の視座に立つことに慣れてしまった私たちが、本来的な意味で「自然」とつながることは可能なのでしょうか。プラープダーは「あれでもない、これでもない」と思考の夾雑物を、仕掛けられた鳥もちを避けながら、しかし理路整然としたスタイルで論考を進めていきます。

まずは19世紀の思想家、ヘンリー・デイヴィッド・ソローが登場し、彼の超越主義的な哲学が否定されます。その自然に対するロマンティックな崇拝は、「人間」と「自然」を切り離している点で傲慢なのであって、本来の「人間」とはそれ自体すでに「自然」の一部なのである、と。さらには「ユナボマー」の通称で知られるテロリスト、テッド・カジンスキーが引き合いに出され、彼の社会批判がソローと同様の隘路に陥っていることを指摘してみせます。このあたりの論の展開はスリリングで、言ってみれば批評的です。

その一方で、やはり本書に記されているのは旅の軌跡であり、偶然性にあふれた事物との接触が、ドラマチックな輝きを放って私たちを旅に誘います。針のない時計が指し示すぼんやりとした時間。日本人の夫妻が営むコテージ。現地民の操る小さなバイク。シキホールの魔術師と出会った彼は、老婆のまじないにたじろぎ、妖しげな惚れ薬を貰い……。

著者が最後に立ち返るのは、17世紀の哲学者スピノザの思想です。「自然」を「他なるもの」ではなく、「人間」と同一の平面上にとらえること。それはつとに紹介され、聞き馴染んだ思想かもしれません。しかし、プラープダーの「内的な旅」の、その一部始終を追体験した私たちには、それがまったく新しい価値を備えて立ち現れるのです。

本書で取り上げられた楽曲、Love and Rockets「No New Tale To Tell」を載せておきます。