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『精神0』映画評:いかにしてともに生きるか——精神医療・認知症ケア・観察映画
作品のポイント

  • 観察映画第9弾。『精神』に登場した精神科医・山本昌知氏が引退する姿を映し出す。
  • 世界はなめらかに連続している。障害者も、健常者も、観察者も。
  • 精神医療、認知症ケア、観察映画の共通項。「パーソン・センタード・ケア」について。

『精神0』概要


ドキュメンタリー作家・想田和弘による「観察映画」第9弾として『精神0』は公開された。今回カメラが向けられたのは、かつて『精神』(08年)に登場した山本昌知医師。1997年に無床診療所「こらーる岡山」を開設し、独自の方法で精神医療を行ってきた人物である。

こらーる岡山は2016年に閉院し、古民家型の建物は別の診療所へと引き継がれている。以降も非常勤で診察を行ってきた山本医師だったが、82歳を迎えた2018年、ついに一線を退くことになった。患者たちとの限りない対話が映し出され、認知症を患う妻との穏やかな生活が映し出される。ひとりの医師から、ひとりの人間へ。やがて映画は愛の形象を描き出していく。

本作は2020年5月に劇場公開される予定だったが、新型コロナウイルスの蔓延により延期となった。期間限定の代替措置として、オンライン上にオープンした「仮設の映画館」で配信されている。人と人との関係がとらえ直される状況のなかで、奇しくも本作は「共生」のあり方を提示することになった。

『精神0』映画評

世界の連続性を映し出す

タイトルを見る限り『精神』の続編のように思えるが、実質的な主題はかなり異なっている。精神病患者のタブーに踏み込んだ前作に対し、本作はひとりの医師の私的な姿に焦点が当てられた。無床診療所「こらーる岡山」で当事者本位の医療を行っていた山本医師。その引退を描いたドキュメンタリー映画である。

本作の前半では、多くの観客にとってなじみ深い診療所(旧・こらーる岡山)が登場する。古民家を利用した施設で、患者が自由に談話できるスペースもあったはずだ。『精神』で撮影の中心となった診察室も健在であり、細かい内装こそ変わりながらも、12年前の趣がそのまま残されている。

そんな診察室の場面から、『精神0』は幕を開ける。前作にも登場した男性患者は、山本医師が一線を退くことに戸惑いを隠しきれないようだ。彼は最後の言葉をください、と先生に懇願するのだが、そこで山本医師が発したのは、いわゆる「健常者」目線からの助言ではない。生きるか死ぬかの状態を、患者が耐え抜いてきたこと。その努力を逆に称賛してみせるのだ。「ありがとうございました」と感謝の意を表する山本医師の姿勢からは、半世紀以上にわたり患者の側に寄り添ってきた人間性が滲み出ている。

作品の中盤、その診療所を山本医師の妻(芳子さん)が訪れる場面がある。ヘルパーの男性(『PEACE』などに登場する想田監督の義父であり、スターシステム的に観察映画を連関させる存在だ)に付き添われ、診察室の椅子に腰かけるのだが、このとき外にいた患者の男性も一緒に入ってきてしまう。束の間、認知症を患う芳子さんとのあいだで言葉が交わされ、山本医師にも声をかけられた患者は帰っていく。

何気ない場面かもしれない。だが、観察映画らしい場面と言える。ここでは偶然にも、世界のグラデーションが映し出されているからだ。精神病と認知症、そして医師。社会的には切り離されていても、カメラがとらえるのは確かな連続性である。

パーソン・センタード・ケア

認知症と言えば、折しも最近、その第一人者・長谷川和夫氏の著書が話題となったばかりだ(『ボクはやっと認知症のことがわかった』)。そこで著者が強調していたのは、認知症における「パーソン・センタード・ケア」(その人中心のケア)の重要性だった。一人ひとりの個性を尊重し、当事者と同じ目線の高さに立つこと。たとえば目の前で女の子が転んだとして、すぐに彼女に手を差し伸べようとするのではなく、みずから彼女が起き上がるための手助けをすること。認知症ケアにおいても、そうした主体性を尊重しなければならない、と長谷川氏は語っている。

ほどんど同じことが、山本医師の取り組みに関しても言えるだろう。「こらーる岡山」が開設される以前、山本医師が進めていたのは精神病棟の鍵を外す運動だった。入院患者と看護者とのあいだで話し合いの場を設け、自主的に扉を解放していったのだ。当事者と同じ目線に立ち、互いに信頼し合う関係を築くこと。それは精神医療も認知症ケアも変わらない。山本医師の言葉を引用しよう。

穴に落ちてしまった人にたいして、私は穴の外に立って、「上がってきなさい」と言って声をかけるわけです。みんなここでやっているんだから、この人にも上がっていらっしゃいと言うんです。でも、この人は上がれないんです。そうしたらワラを投げ入れて、「縄をなってごらん」と言って、「縄を作ったらこっとへ放りあげて、それを引っ張ってあげる」とか、スコップを投げ込んで、「ここを斜めに掘っていったらいい」とか、いろんな働きかけをする。
[中略]私はこっちから下りていく勇気もないし、勇気があっても下りて行くことはできません。でも、この苦しさを知ること、孤立して思うようにならない状態にあることを理解することはできると思うんです。

『ひとなる』(大田堯との共著)

当事者たちに同化することはできない。しかし、その苦痛や孤独を理解することはできる。穴に落ちた人々を、その縁でいつまでも待ち続けることこそ、山本医師の考える精神医療のあり方なのだろう。

共生のドキュメンタリー

そして、上記とほとんど同じことが、想田和弘の観察映画に対しても言えてしまう。「観察」するカメラは被写体に同一化するわけではない。言い換えれば、説明テロップやナレーションなどの演出によって、当事者の心の声を代弁することはない。あるいはまた、被写体の行動に加担することもない。同じ例を繰り返すことになるが、カメラは転んだ女の子に手を差し伸べたりはしないし、みずから穴の底に下りていくこともない。

だが、観察映画は——「観察」という日本語の響きとは裏腹に——被写体と同じ目線に立ち、温かな人間関係を築こうとする。被写体の側に寄り添い、その心情を分かち合おうとする。女の子が立ち上がるまで、当事者が穴から這い上がるまで、辛抱強く待ち続けるのだ。

当該の場面、診療所の入口を引き戸と勘違いし、困り果てた様子の芳子さんに向かって、カメラを持つ監督は「押してみましょう」と声をかける。無事に開き戸から外に出て、おもむろに離れへと向かっていく芳子さん。その背中を追いかけるカメラは、彼女を優しく見守る山本医師の姿を捉えていく。

このシークエンスが何にも増して美しいのは、「観察映画」の内容と形式とが、見事に調和しているからにほかならない。そこには精神科医の男性がいて、認知症を患う女性がいて、カメラを持つ観察者がいる。3者の目線は同じ高さに置かれており、相互の信頼によって固く結ばれている。そのような関係性を、ひとは「共生」と呼ぶのだろう。

まさに観察映画とは、「共生」へと向かう試みであるように思える。社会的な抑圧を抜け出し、他者と手を取り合っていくための試み。仏教に照らし合わせれば「不即不離」という言葉がしっくりくる。ともに寄り添い、ともに生きること。「芳子さん」と呼びかける山本医師に、差し出された杯を受け取る監督に、優しく手を握り合う老夫婦に、そんな「共生」のあり方が体現されている。

関連作品:『八月の鯨』(1987年)


「老い」と「共生」を描いた名作。『If もしも....』(68年)でカンヌ国際映画祭最高賞を獲ったリンゼイ・アンダーソンがメガホンを握った。

ハリウッド史に名を刻む2人の女優、リリアン・ギッシュベティ・デイヴィスが主人公の老姉妹を演じている。小さな島にある別荘を舞台に、ささやかな生活の断章が描かれていく。病気で目が不自由になった妹と、かつての恩から彼女の面倒を見る姉。深い愛で結ばれた二人が、静かに待ち受ける死と対峙していく。

何より興味深いのは、それぞれの演じる役柄が、映画史そのものと重ね合わされている点にある。『痴人の愛』(34年)の悪女を彷彿とさせるような、口の悪い女性に扮したベティ・デイヴィス。『國民の創生』(15年)における可憐な少女のように、クロースアップを一手に引き受けるリリアン・ギッシュ。偉大な歴史を背負って立つ2人だけに、その老境に入った姿が映画ファンの胸を打つ。