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2031年、人類が絶滅した世界でわずかに生き残った人々。

と、設定だけ見ればよくある人類滅亡もののSF映画だが、ポン・ジュノ監督の手にかかれば唯一無二の輝きを放つ。『渚にて』(1959年)のように悲壮感ただようわけでもなく、かといって『復活の日』(1980年)のような希望にあふれているわけでもない。

人類滅亡というカタストロフィを経験しながらも、生き残った人々は自己充足した世界を生きている。それが、氷と雪に覆われた地上を走る列車「スノーピアサー」の世界だ。今回はそんな韓国映画の鬼才ポン・ジュノ監督による、異色のSFアクション作品を紹介しよう。

『スノーピアサー』作品概要


『スノーピアサー』(2013年)はポン・ジュノ監督の長編第5作として発表された作品だ。韓国・アメリカ・フランスの合同で制作され、監督初の英語作品となった。

原作はジャック・ロブらによるバンド・デシネ(グラフィックノベル)『Le Transperceneige』。この本に魅了されたポン・ジュノ監督が、知人であるパク・チャヌク監督のもとに持ち込んだことがきっかけで企画が生まれた。そのため、制作会社の中にはパクが経営するモホフィルムも含まれている。

主演は『キャプテン・アメリカ』で知られるクリス・エヴァンス。ポン・ジュノ作品の常連であるソン・ガンホや、『グエムル-漢江の怪物-』で少女ヒョンソを演じたコ・アソンも重要な役で出演している。

総制作費4000万ドルは、韓国映画史上最大規模。満を持して公開された本作は世界的なヒットを記録し、批評的にも高い評価を受けた。

テレビシリーズ化

ちなみに、本作の成功を受けてテレビシリーズ化も制作され、で2020年春から放映予定となっている(Netflixでも配信)。ドラマ版では、氷河期突入から7年後(つまり映画版より以前)の時代が舞台となり、『ビューティフル・マインド』のジェニファー・コネリーや『ワンダー 君は太陽』のダヴィード・ディグスが出演する。

『スノーピアサー』あらすじ

かつて温暖化を止めるために散布された化学薬品CW7は、地表を雪と氷に覆われた極寒の世界に変えてしまった。人類の大半は死滅し、生き残ったわずかな人々は「スノーピアサー」と呼ばれる列車に乗り込んでいた。そこでは厳しい階級制度が敷かれており、エリート層は最前方の車両で奢侈を尽くし、貧困層は後方の車両で家畜同然の暮らしを強いられている。

そんな2034年、後方車両の若者カーティスは、彼らの長であるギリアムの助言を受けて反乱を企てる。前方で投獄されているエンジニアのミンスを助け、彼の力を借りて先頭車両へたどり着くことが目的だ。そこには、この列車の開発者であるウィルフォードがいるはずだった。

ついに計画を実行に移すカーティスたち。だが、彼らの行く手を阻む兵士たちと激しい戦闘になる。次々に仲間が倒れていく中で、カーティスは「スノーピアサー」の秘密を知ることになるのだった。

『スノーピアサー』解説・考察

資本主義という名の列車

この列車「スノーピアサー」は、発明家ウィルフォードが開発した永久機関によって走っている。列車の生態系は彼によって建築学的に調整が施され、つねに完璧な秩序を保っている。これは一見すると理想の機械装置のように思えるし、実際に主人公のカーティスはウィルフォードの後釜として列車の最高責任者になろうと(一瞬)考えてしまうほどだ。

だが、すぐにそのほころびは露呈する。列車のシステムが労働者の犠牲によって成立している事実に、やがてカーティスは気がつくのである。

そこに資本主義のメタファーを見てとることは難しくない。貨幣経済は存在しないが、スノーピアサーを走らせているのは明らかに資本家と労働者が生み出す大きなシステムである。ウィルフォードを賛美する子どもたちの異様な姿は、現代の教育がある種の洗脳であることを示しているし、ラストでカーティスが知ることになる児童労働というのは、まさにマルクスが『資本論』を著したような19世紀イギリスの光景を彷彿とさせる。

馬の鼻先に人参をぶら下げて

というより、このスノーピアサーという列車の運動自体が、近代の資本主義システムを象徴しているのである。それは簡単に言ってしまえば「止まれば死ぬ」ということだ。

もしも今、世界中の人間が一斉に決済日を迎えたとしたら、きっと社会は崩壊するだろう。来るべき決済の日を先延ばしにすることで、私たちは今日を生きている。飽くなき欲望を動力源に、いわば馬の鼻先に人参をぶら下げて生きているのだ。本作でも描かれた薬物中毒者のように。

だからこそ、本作のラストショットで示されたテーゼは重要である。つまり、この大きなシステムの外に出るということ。生きる望みは少ないかもしれないが、それでも資本主義の及ばない世界で暮らすこと。

かすかな希望を胸に雪山を歩いていく少女と少年は、きっと新たな人類のイブとアダムになるのだろう。最後に付け加えておけば、この社会を捨てエコシステムに還るという方向性は、そっくりそのままポン・ジュノ監督の次作『オクジャ/okja』へと継承されることになる。こちらも海外に足場を置いて再作された作品。ぜひ観ておきたいところだ。

次に観るなら:『クラウド アトラス』


ウォシャウスキー姉妹というのは、きっとマルクスが好きな監督だ。『マトリックス』も本作『クラウド アトラス』も、それが支配/被支配の対立構造になっている点では大差ない。複雑なSF設定を持ち出しながら、ストーリーの根幹は大時代的でシンプルなもの。

『クラウド アトラス』と『スノーピアサー』の結末を見比べれば、どちらが優れているかは一目瞭然だろう。そういう意味で押さえておきたい作品。