特集記事


整形大国と呼ばれて久しい韓国。2012年の調査によると、19~49歳の女性の5人に1人が美容整形手術を受けており、総人口に対する手術件数の割合は世界第一位とされています。

そんな韓国人お馴染み「整形」に、鬼才キム・ギドク監督が果敢に切り込んでいった作品が『絶対の愛』です。親しみやすい主題であり、他のギドク作品と違って台詞も多い本作。韓国映画やキム・ギドクという人に詳しくなくても、きっと鑑賞しやすい作品といえるでしょう。

作品のポイント

  • キム・ギドク監督が「整形」をテーマに描く悲劇のラブストーリー。
  • 恋人から愛され続けるために顔を整形した女性が自己を見失っていく。
  • 作中に散りばめられた「鏡」や「写真」のイメージに注目。

『絶対の愛』作品概要


キム・ギドク監督による13番目の作品『絶対の愛』(시간:Time)は2006年に公開されました。

2004年に『サマリア』でベルリン国際映画祭の銀熊賞、『うつせみ』でヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞したギドク監督。本作『絶対の愛』によって日本での評価も完全に確立されたといえます。

主要キャストとして、整形手術を受けたヒロイン役に、元ミス・コリアの女優ソン・ヒョナ。彼女はホン・サンス監督の『女は男の未来だ』(2004年)にも出演し、魅力的な三角関係のヒロインを演じています。

さらに、その恋人の男を演じるのはハ・ジョンウ。国民的スターであり、ナ・ホンジン監督の『チャイサー』(2008年)『哀しき獣』(2010年)のほか、韓国で観客動員数1,400万人を突破した『神と共に 第一章:罪と罰』の主演などを務めています。

また、カフェの店員役として女優デビュー間もない杉野希妃が出演しています。当時は韓国留学中だった彼女ですが、その後は映画プロデューサー・監督としても活躍していくことになります。

『絶対の愛』あらすじ

編集マンのジウは、恋人のセヒと2年にわたる交際を続けています。しかし、セヒはジウが自分に飽きつつあることを感じていました、

他の女性に目移りしているジウの姿を目にし、彼が自分に興味を失っていると不安に駆られるジウ。ヒステリックになった彼女は、ジウの前から突然姿を消し、整形手術によって別の顔を得るのでした。

一方、ジウは当初こそ恋人が消えたことに戸惑いますが、他の女性の誘惑に抗うことができません。彼はセヒの行方を追うことを諦め、フェリーで茅島(モド)へと旅に出るのでした。

旅中、彼の前にサングラスをかけた謎の女が現れまれます。心を惹かれたジウは写真を撮りますが、女は逃げるように立ち去ります。

旅を終えたジウは、喫茶店のウェイトレスをしていたスェヒと出会います。セヒへの思いを断ち切り、スェヒとの新たな恋が始まるのでした。

ところが、そんなジウのもとにセヒから愛の手紙が届きます。心揺れるジウを見て、スェヒは嫉妬を覚えている様子。

ジウとスェヒは順調に愛を育んでいきます。ベットで眠るジウの横で「思い通りになった」とつぶやくスェヒ、改めセヒしかし、その目には涙が浮かんでいました。

『絶対の愛』解説・考察

セルフイメージの攪乱

姿を消した恋人が別人のようにして現れる、というのは韓流ドラマ的な物語といえるかもしれません。『冬のソナタ』(2002年)にせよ『天国の階段』(2003年)にせよ、主人公は数年間の記憶喪失を経て、自分のアイデンティティを取り戻すことになります。

『絶対の愛』が描いているのは記憶喪失ではなく整形手術ですが、両者には類似している点があるように思います。「記憶」も「顔」も、セルフイメージを構築している重要な要素のひとつ。言い換えれば、自分が自分であることを証明してくれる縁な訳です。そのイメージが攪乱されてしまうことで、それぞれの主人公は自分を見失ってしまいます。

イメージが攪乱されるのは主人公だけではありません。その恋人や、作品を観ている私たちまでもが同一性を見失ってしまう。『絶対の愛』でいえば、男の前に現れるすべての女が恋人のように見えてくることになります。

この作品が悲劇的であるのは、主人公のセヒが自ら整形手術を選択し、こうした『冬ソナ』的状況に陥っていくからにほかなりません。彼女は「時間」(それは本作の原題でもあります)がすべてを変えてしまうことが怖かった。変わらない愛を求めたことが、身の破滅を招くことになるのです。

鏡と写真のイメージ

そんな本作には、写真や鏡のイメージが重要な役割を果たすことになります。例えば、冒頭でセヒが拾った「女の写真」。映画を最後まで観れば、この写真が衝撃のラストへと繋がっていることが理解されるはずです。

また、セヒは整形手術を受ける前に鏡を見せられます。医師の「もう一度よく考えて」という言葉の通り、それ以降の彼女は「鏡」というセルフイメージを完全に失ってしまうことになります。

さらに、恋人のセヒが消えた後、残されたジウが会うことになる写真家の女性。彼女もまた恋人と別れたばかりで、同じ境遇にあるジウを誘惑します。しかし、トイレに立ち寄った途端にふと考えを変える訳です。若くないことを気にしたのか、鏡に映った自分の姿を見て我に返ってしまう。彼女もまた、セヒと同じようにイメージに囚われた存在です。

物語の後半では、ジウとセヒの立場は逆転することになります。今度はセヒの方が、行方を眩ませたジウを捜すことになる。ここでもまた写真家が登場し、セヒを惑わすことになります。

詳述は避けますが、「鏡」を失った彼女は最後に「写真」さえも失うことになります。彼女のセルフイメージは完全に失われ、何者でもない何かになってしまう。

どのような結末になるのかは、ぜひその目で確かめてみてください。

キム・ギドク監督のまとめ記事はこちら。経歴や関連キーワードとともに、全23作品を完全解説しています。

次に観るのは:『寝ても覚めても』(2018年)


稀有な才能を持った監督、濱口竜介による商業映画デビュー作です。すでに国内外で高い評価を受けている濱口監督ですが、今後さらに存在感を増していくことは間違いありません。

唐田えりかが演じる主人公の前に、昔の恋人とうり二つの男が現れます。どちらも東出昌大が演じているのですが、主人公は過去と現在、二つのイメージの間で揺れることになる訳です。

系統は違えど、『絶対の愛』に通じるサスペンスフルな展開を楽しんでください。