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『ワイルド・アニマル』解説・考察:無国籍の放浪者たち
作品のポイント

  • キム・ギドク監督初期の傑作。全編パリで撮影された審美的な映像に注目。
  • 画家としてフランスに滞在していた監督の経験が随所に活かされている。
  • 異国の地でさすらう二人の同胞を描いたブロマンス(?)的物語。

『ワイルド・アニマル』作品概要

『ワイルド・アニマル(Wild Animals)は1997年の韓国映画。『嘆きのピエタ』(12年)で知られるキム・ギドク監督が2番目に発表した作品です。

映画監督を志す前は3年間フランスで暮らしていたギドク監督。本作では当時の経験を活かし、1か月のオールフランスロケが敢行されました。

主演はチョ・ジェヒョンチャン・ドンジク。チョ・ジェヒョンはギドク監督の第1作『鰐~ワニ~』に引き続き出演。その後もギドク作品の常連となります。

一方のチャン・ドンジクはファッションモデルとしてデビューした経緯があり、ギドク監督の次作『悪い女~青い門~』(98年)にも出演しています。ドラマの代表作には『鉄の王 キム・スロ』(10年)や『大王の夢』(12-13年)など。

さらに、端役として『ポンヌフの恋人』のドニ・ラヴァン、そして『ディーバ』のリシャール・ボーランジェが出演していることも見逃せません。

パリに不法滞在する二人の韓国人の友情を描いた物語。興行的には失敗していますが、後のギドク監督はお気に入りの作品であると語っています。

『ワイルド・アニマル』あらすじ

舞台はパリ。フランス外人部隊に入ることを夢見る青年ホンサンは、乗り込んだ列車で美しい女性ローラと出会います。彼女は身寄りのない孤児であり、今はストリッパーとして生計を立てていました。

一方、落ちぶれた画家のチョンへは、盗んだ仲間の絵を売ることで生計を立てていました。ある日、彼は路上パフォーマンスをしていたハンガリー人女性、コリーヌと突然の恋に落ちます。

チョンへとホンサン、二人の同胞は偶然の出会いを果たすことになります。土地に不案内なホンサンをカモにしようとするチョンへ。しかし、ホンサンが北朝鮮の脱走兵であり、強靭な肉体を持っていることを知ると、彼と手を組み金儲けをすることを思いつくのでした。

犯罪組織に雇われた二人は、ともに仕事をしていく中で互いを理解していきます。ホンサンは覗き部屋のマジックミラー越しにローラを見つめ、チョンへはコリーヌを悪い男から救い出そうとします。祖国を離れた野生動物(ワイルド・アニマル)たちの恋模様が描かれます。

画家になる夢を追うため、そしてコリーヌが男と手を切るため、チョンへはホンサンを敵に売り、組織を逃げ出してしまいます。すぐに捕まるチョンへでしたが、罵声を浴びせる彼をホンサンは優しく受け入れるのでした。

しかし、二人を待ち受けていたのは残酷な運命。殺しと復讐の果てにあるのは、無慈悲な結末でした。

『ワイルド・アニマル』解説・考察

完成までの経緯

デビュー作『鰐~ワニ~』に続く作品。多岐にわたるフィルモグラフィーの中では知名度に劣るかもしれませんが、監督自らお気に入りの作品と語るだけのことはあります。セーヌ川を中心とするパリの情景であったり、絵描きの放浪生活であったり、キム・ギドクという男の過去が少なからず反映されているはずです。

1960年生まれのキム・ギドク監督が単身フランスへと渡ったのは30歳の時。南仏にアトリエを借りて絵を描き始め、その後ヨーロッパを巡回して展示会を開きました。

旅の中で、彼が出会ったのは韓国から亡命したという家族。その悲劇的な人生に思いを馳せたギドク監督は、帰国後、彼らのように異国で「野生動物」のごとく生きる者たちを主人公にシナリオを書きます。

1か月にわたるパリでのロケを経て、完成したのが本作『ワイルド・アニマル』だったというわけです。

無国籍の映画

そんな本作を鑑賞して真っ先に理解されるのは、キム・ギドクの作風が驚くほどフランスの情景に馴染んでいることでしょう。そこには異国で映画を撮るということの異質さが微塵も感じられない。いや、3年もフランスに滞在していたのだから撮影自体に不便は感じなかったはずですが、もっと本質的なところで、ギドク監督には無国籍的な資質があるように感じてしまいます。

たとえば大島渚はフランスで『マックス、モン・アムール』(86年)という作品を撮っているのですが、そこで描かれたのはチンパンジーと不倫するフランス人の女(シャーロット・ランプリング)でした。ここでは猿という東洋的なイメージを用いて、文化のあいだの隔たりが一種の戯画に仕立て上げられています。

この作品も、あるいは広く知られている『戦場のメリークリスマス』(83年)も、大島作品は徹底して日本固有の文脈の上に成立しています。簡潔に言えば、それは"日本映画"というジャンルを地で行くようなもので、良くも悪くもローカルな魅力を世界に売り出しているに過ぎません。

大島渚に象徴されるように、外国で芸術作品を制作するというのは、文化的な差異を少なからず問題にするということです。あるいは芸術に限らずとも、異邦の地を踏んだ私たちはそこに文化の隔たりを感じずにはいられない。多くの場合、旅行というのはその隔たりを測るための尺度にほかなりません。

文化の外に生きる野生動物

しかし、『ワイルド・アニマル』という作品は趣きが違います。キム・ギドクは"パリの韓国人"を描こうとしたわけではありません。彼が描こうとしているのは、あくまでも"パリの放浪者たち"です。北朝鮮の脱走兵(ホンサン)と没落した韓国人画家(チョンへ)、ハンガリー系移民(コリーヌ)、養父に捨てられた孤児(ローラ)。いずれも社会の底辺でもがき続ける野生動物(ワイルド・アニマル)であり、物語の中では同列に描かれる存在です。

とりわけ主人公ホンサンとチョンへの二人に至っては、南北朝鮮の対立などあたかも存在しないかのように振る舞うことになります。チョンへが北朝鮮の脱走兵であることは劇中わずかに語られるのですが、それ以上のものではなく、油断すると観客は彼の出自など忘れてしまうかもしれません。

遠いパリの地で、二人はナショナリティを法的にも心情的にも失っています(実際、チョンへは同胞である韓国人を襲撃します)。しかし、その同質性ゆえに彼らは生き抜くための相棒となり、やがてブロマンス的な関係を築くことになるのです。

彼ら野生動物たちは、文化の対立を乗り越えて結ばれるのではなく、そもそも文化の外に生きているからこそ結ばれます。この無国籍性というのは、キム・ギドクの大半の作品にも当てはまるはず。キャリア2作目で海外ロケを敢行した『ワイルド・アニマル』には、彼のフィルモグラフィーに先鞭をつける作品だったのかもしれません。

キム・ギドク監督のまとめ記事はこちら。経歴や関連キーワードとともに、全23作品を完全解説しています。

関連作品:『ポンヌフの恋人』(1991年)


なけなしの金でフランスに渡ったキム・ギドク監督は、30歳で初めて映画というものに触れました。その時に観た作品が『羊たちの沈黙』と、本作『ポンヌフの恋人』だったといいます。

あらためてこの作品を観ると、ポンヌフ橋に暮らす主人公や放浪するヒロイン、そしてやセーヌ川の情景など、随所に『ワイルド・アニマル』への影響が見受けられるはずです。

レオス・カラックス監督の美術的な画作りは、どこかキム・ギドクと似通ってはいないでしょうか?